桂木姫の話、九の巻


小説コン、写メコンに出した物を膨らまし詐欺。
ある有名童話をベースの平安パラレル(凄い勢いで脱線ぎみ)、出来たら上げる感じで行きます。
言葉の分からない所に辞書を引くのが億劫で今の言葉を使ってたり、適当に濁してたりする部分があるのはご愛敬。
あくまでパラレルなので信じちゃいけません。古典や歴史で書いたらマイナス確実です。
九であり急か。

once upon a time.


「はいっ。ちゃんと持って、落とさないでね」

 胸の前に両の掌を揃えて出させ、その上にサイがときじくの木の実を乗せました。
 力の無い掌に加わった、その、ずしりとした重さは、姫には自分の頼りない命の重さのように感じました。

「ねぇ、よもつへぐいって何だか知ってる?」

 そんな姫の心を見透かしたかのように、サイが姫の顔をのぞき込みながらそう問いました。

「うん……生きている人間が常世の物を食べると、もう地上に戻ることが出来ないって奴でしょ?」

 姫は、空腹にか未だ夢うつつの意識の中でそう答えました。

「知ってるよ……イザナミの女神様の神話くらい」

 掌を上げ、その滑らかな表面に頬を寄せると、ひんやりとして、甘い匂いがしました。
 こんな甘い匂いの果物を食べられるなら、常世に行くというのも,幸福なことのようにさえ思えました。
 姫は所詮、イザナギのように常世まで追って来てくれるような誰かなどいない、後ろ盾のないみなしごなのですから。
 父やネウロ、そんな大好きな人を悩ませるよりもは、もう目に映らないほど遠くに行ってしまった方が。

「その木の実は、より赤く色づいている所が一番美味しいんだよ」

 言われるまま、一番赤く熟れた場所を探した姫がときじくの木の実を唇に押し当てたその時。
 びぃんと張りつめた甲高い音をさせ、寝殿を一陣の鋭い風が掠めました。
 程なく、その『風』が池の半ばで、ばちゃんと大きな水音をさせて沈んだ時。

「ったく……邪魔しないでよ」

 姫は大きく見開いたまなこを、サイは胡乱な目を、それぞれ風の起こった場所へと向けておりました。
 姫が木の実に唇を寄せた時。御前を横切ったそれを、姫の目ははっきりと捕らえておりました。
 風を切り、一直線に池へと吸い込まれたそれは、白い矢羽根の、一本の矢でした。
 そうして、矢の放たれた場所。釣り殿と寝殿を結ぶ渡殿には、やや息を切らせたネウロが立っておりました。

「全く貴様は……家に男を連れ込む時は、もっと巧くやるものだと親や女房達に教わらなかったのか?」

 ネウロは唸るような呼吸でそう言いながら、弓を持ち、ホウの留め金を外し、腕を抜いて肩から落としました。

「全く、束帯とは窮屈で仕方ないな……手元が狂う」

 だけれども、短いその仕草の間にも左手は弓を離すことなく、普段よりも鋭い眼光も、射るように姫達に注がれておりました。

「で……貴様らは一体、何をしているのだ?」

 言いながら、再び矢をつがえて足を半歩引きすっと弓を引いて構えました。

「……ここで冗談でも間男だって答えたら、今にもお姫様ごと打ち抜きそうな気迫だね……」
「……平和主義の我が輩だというのに、随分な言われようだな」

 その姿に、サイは身を引き、腰から下げた太刀に手を掛け、じりじりと後退しました。

「まぁ――貴様等の返答次第では、苦しむ間も与えず確実に打ち込む気ではいるがな……」

 だけれどもその傍らの姫は、弓を引くネウロに身構えることも避けることも忘れ、その型にじっと目を凝らしていました。
 矢をすがえる時の気迫も、迷い無い集中も真剣な顔も、ネウロが真剣に弓を射る時の型であるはずなのに。
 こんな風にネウロが構えた矢が、吸い込まれるように的に引き寄せられる姿を何度も見ている筈なのに。恐怖よりも違和感の方がよっぽど強く浮かぶのです。

「ぁ……」

 程なくして、その理由に姫は思い当たりました。いつもは冷徹に的を見るその眼孔が、僅かに揺らいでいるのです。
 いつもなら、弓を射る時には内面をしんと保ち、ただ鋭く鏃のようにぎらりと輝くネウロの目。
 その鋭い一瞥だけで目測を計る、澄んだ翡翠のように透明な瞳。
 それが今は、鋭く眇められては揺らぎ、また眇められる。
 まるで湯の煮えたぎる釜が、内側から沸き上がる湯気によって、その表面を曇らされるように。
 まるで、内側で煮えたぎる激情に、視界を内側から曇らせられるかのように。

「どうして……?」

 そんなに苦しそうなのか。一思いに打ってしまわないのか。
 その目を曇らせているのか。一体誰がそうさせるのか。
 どれもを聞きたいような、どれもを聞きたくないような心の中、言葉に出来たのはそれだけでした。
 だけれど、姫の口から出たその言葉に、ネウロの目の揺らぎは止まりました。
 そうして、ギリギリと音がしそうなくらいに引かれた弦を緩ませ、ため息と共に、答えました。

「是非もない。ここは元々我が輩の家だ。故に、全てのものに責任がある」

 翡翠の瞳は、さきほどまで混在していた鋭さも怒気とも違う柔和さをたたえて僅かに細められました。

「……っ!」

 微笑とも取れるそれに、姫はまるで澱の溜まった胸の内側を矢で射抜かれたように感じ頭が真っ白になりました。

「ヤコっ!」

 自分の目からまた涙が溢れたのがわかり、ネウロが弓を下ろすのが見えました。
 こちらに注がれている目が不安に曇り、駆け寄る姿に、言いようのない嬉しさがこみ上げました。
 だけれど、射抜かれて溢れだした澱は、ずっと一つの事を訴えておりました。
 ネウロに何も与えられない姫は、もう、側にいるべきではないのです。
 こんなことを、嬉しく思ってしまってはいけないのです。

「ありがとう……ネウロ」

 何故ならば、姫は気づいてしまったのです。もう姫でも殿上人でもないけれどネウロと離れ難いと思う、これが一体何であるのか。

「さよなら……大好き」

 だから、姫は目を閉じ、最後にその一言を添えて、手の中の赤い実の側面にしゃくりと歯を立てました。

適当な用語解説:



date:不明



Text by 烏(karasu)