桂木姫の話、八の巻


小説コン、写メコンに出した物を膨らまし詐欺。
ある有名童話をベースの平安パラレル(凄い勢いで脱線ぎみ)、出来たら上げる感じで行きます。
言葉の分からない所に辞書を引くのが億劫で今の言葉を使ってたり、適当に濁してたりする部分があるのはご愛敬。
あくまでパラレルなので信じちゃいけません。古典や歴史で書いたらマイナス確実です。

once upon a time.


「ときじくって……あの、古事記に出てくる、不老長寿の?」
「そう、何時でもずっと甘い匂いのする、あの、ときじくの木の実。あ……ちょっと汚れてるや」

 姫が食い入るように見つめる玉を、サイは掴んだのとは逆の袖で、その表面を軽く拭きました。
 サイが木の実だという赤ん坊の頭ほどもある赤い玉は表面を磨かれた事で益々ピカピカと輝きました。

「ほら、このまま皮を剥かなくてもかじれるよ?」
「うっ……嘘だぁっ!」
「えーっ、何が嘘だっていうのさ?」
「だってこれ、どう見ても果物に見えないよ?」

 姫が指さしたまるでよく磨いた瑪瑙のように輝く赤い木の実の表面には、大きく目を見開いた姫の顔と、不満そうに口を尖らせたサイとが写っておりました。

「それに……だって私、ときじくの木の実、食べた事あるけど……」

 ときじくの木の実は、少し前、今日のように何処かへ出掛けたネウロが一抱えほど持って帰って来たことがありました。
 だけれどそれは、サイの持つ玉とは全く違う見た目をしていました。
 姫はその珍しい赤い玉をじっと見つめたままネウロに食べさせて貰ったときじくの木の実を思い出してみました。

「私の知ってるときじくの木の実は、その玉より一回りくらい小さくて私の掌の中にも収まるくらいだった。それに、皮ももっと厚くてごつごつしてた」

 いつものように躊躇なく御簾を捲って来たネウロにバラバラと頭の上に落とされた実は、ときじくの名の通りの、とても良い香りがしました。

「伝えられている通り、本当に皮の上からいい匂いがするんだけど、何か、甘いってよりもしゃきっとしてた」

 食べ方を教えられないままに渡され、丸のままにかじろうと、軽く歯を立てた瞬間、強い苦みと酸味が口いっぱいに広がったこと。
 それで思わず顔をしかめたのを見てやはり知らないか、予想通りだと笑われたこと。
 あかねに持って来させた小刀で剥いて、懐紙に乗せて手渡された瑞々しい果肉の半円形。
 恐る恐る口にした時の、その、皮の苦みからは想像も付かない甘さに、ネウロの顔と手の中の果物とを思わず何度も見比べてしまったこと。
 思い出されたそれらの味と、堅い皮をすっと剥く器用な手。そして、渡される果実を一心に頬張る自分に注がれていた優しい目の色。
 そうした思い出を飲み下すように、姫がこくんと喉を鳴らした時。

「ねぇ、あんたは何で、そっちを嘘だって思わないの?
「え……」

 サイが呆れたように言ったその言葉は、一瞬の空白の後、姫の耳に外国語のように響きました。

「だってさ、ようく見てみなよ。こっちのがソレっぽいと思わない。まるで玉みたいで……なのに皮ごと食べられて、それに甘い」

 喋りながら腕を伸ばしたサイがすうっと持ち上げた赤い木の実を姫は反射的に視線で追いました。

「ほら、よぉく……見て?」

 相変わらず、きょとんとした顔の姫が写った木の実の表面は、相変わらず赤く輝き、甘い匂いをさせています。

「本当のときじくの木の実ってのは帝のところにしか伝わってないはずだよ。ねぇ、ネウロは何でそんなもの持ってたんだろうね?」

 昨晩から、何も食べていないせいでしょうか。

「あいつ、アンタにも俺にも自分の素性を明かしてないよね? でもあんたのことは知ってる。本当に、一度もおかしいと思わなかったの?」
「それは……」

 答えようとしても、姫は頭がくらくらとして、何も考えられなくなってしまいました。

「ほら、答えられないじゃない。それはあんたが、あいつを疑っているからだ」

 釣り殿の横で鳴っている風に波立つ水の音も、空を飛ぶ鳶の鳴き声を段々と遠くなるように感じました。

「そんな嘘つきを信用して、一体何になるの?」

 寄る辺を無くし、元々足場のあやふやになった世界が、サイの声と、木の実に写る自分だけになってしまったかのようです。

「そんな男に身を任せて、黄泉の私を一層辱めるの?」

 余りにおなかが減ったせいでしょうか。姫の耳に段々と、その声が聞きなれた懐かしい声色に聞こえ始めてまいりました。
 声を追い出すようにぶんぶんと頭を振ったことで、姫の視線は自然と木の実の表面から外れました。

「ねぇ、弥子……」

 今までより明瞭に響いたその声にそっと目を開け顔を上げると。

「一緒にこちらに、おいで?」

 母御息女が微笑を浮かべ、片手に乗せた木の実を差し出しておりました。

「それにこの木の実、もしかしたら、常世につながってるかも知れないよ?」

 急に明るい色に戻ったその声にはっと顔を上げると、そこに母の姿は無く、首もとをくつろげた緩い水干を小袖の胸にずりおろしたサイが先ほどのように微笑んでいるだけでした。

「ねっ、食べるでしょ?」

 しかし、サイのその言葉に、姫は自然と深く頷いて、差し出されたときじくの木の実に両手を伸ばしておりました。

適当な用語解説:

※ときじくの木の実は一般的には橘の実の異名で、古事記では、黄泉の国から来た不老不死の食べ物ってことになってます


date:不明



Text by 烏(karasu)