桂木姫の話、七の巻


小説コン、写メコンに出した物を膨らまし詐欺。
ある有名童話をベースの平安パラレル(凄い勢いで脱線ぎみ)、出来たら上げる感じで行きます。
言葉の分からない所に辞書を引くのが億劫で今の言葉を使ってたり、適当に濁してたりする部分があるのはご愛敬。
あくまでパラレルなので信じちゃいけません。古典や歴史で書いたらマイナス確実です。

once upon a time.


 武士を置いていないとはいえ、閉じた門をよじ登って姫の前に現れた少年はサイと名乗りました。
 一応ネウロの知り合いでありただの行商の童だと聞いて安心はしたものの、姫はすっかり困ってしまいました。
 勝手に入って来たのだから仕方ないし、家主の知り合いだと言っても、客人として中に通すことはできません。
 何故ならば、姫はこの家の妻や子供でもなければ、家主に使える下働きの女房でさえないのです。
 ましてや、その女房の下に仕える童でさえありません。 いいえ、もうとっくに姫などと呼ばれるようなやんごとなき身分もない、ただの孤児なのです。

「そうだ……私はもう、何でもないんだった……」

 死に別れた母の声とサイの声を聞き間違えたことですっかり忘れていた不安が袿を重ねた肩を一層に重くし、姫はがくりと肩を落としました。

「ごめん……私、お茶を出すどころか、本殿の座敷にさえ上げてあげられない……」
「あー、そういえばあんた、家なき姫だったね」

 肘まで落ちた袿の真ん中でうなだれた姫の頭をを不思議そうに見ていたサイは僅かに首を傾げた後、そう言って、合点が行ったというよう頷きました。

「合ってるけど……その言い方は何か凹む……」
「んじゃ、あんた姫じゃなくて家無き女房なの? そんな世間知らずそうな顔して教養は完璧なの?」
「むぅっ」

 カラカラと快活に笑うサイの顔を睨んではみたものの、実際のところ一人では、自分は円座や衝立さえちゃんと置けないのだ思いだし、いよいよ地にひれ伏したい心地となりました。

「いーよ、あんたの館の前に茣蓙でも敷いてくれたらさ。俺、そこに店広げるから」
「そっ、それは駄目っ!」

 油断していたとはいえ、既に全身を見られた訳ですから、今から隠れて見せるのも滑稽ですし、かえって失礼なことのように思えます。

「だってあの庭、ネウロの気まぐれで改装してるからまだ整ってない所もあって汚いしそれに……」
「それに……」

 姫はそこまで言ってサイから目を逸らし、顔を隠す為に持ち上げた袖の裏
で、ぎっと唇を噛みました。

「もう殿上人じゃないのに……そういうのは、いけないと思う……」

 自分が高座に座りなおしてネウロに与えられた殿の主人として客人を迎えるのが、とてもおこがましい事に思えたのでした。

「ふぅん、貴族の気位って奴? どーでもいいけど、ドコで商売していいかさっさと決めてよ。さっさと仕事終わらせて帰りたいから」
「あ、ごめん……じゃあ……」

 姫は暫し迷い、とりあえずは、屋敷の端の、大きな池に面した釣り殿にサイを招く事に決めました。
「なるほど、壁のないここなら屋敷の中だけど屋敷じゃないもんね! んじゃ、とっとと終わらそう」

 サイは池を左手に、姫を迎えるように釣り殿に座ると、籠からどんどんと商品を取り出して行きました。

「ネウロに聞いた感じだと、多分あんたの好みって衣服よりここら辺だと思ってさぁー」

 籠から取り出され包み、次々に包みを開かれて行くそれらは、見るからに美味しそうな菓子と、天日で干した果物の数々でした。
 今摘んだかのように瑞々しい色合いを保った果物たちは、開かれる度、釣り殿には甘い匂いが満ちて行きます。

「あっ、礼はいいよ! お客の欲を的確に煽ってこその客商売だからさぁ」

 サイがそう言って胡座をかいた半袴の裾を長さの合っていない水干の袖でぱんと叩いてみせた時。
 釣り殿は色とりどりの花の咲いた野原のように豊かな甘い香りと色合いに満たされていました。

「……ハァ」

 しかし、食べることが何よりも好きな姫がその珍しい菓子を前に口元の袖で覆ったのは感涙でも涎でもなく、自分の両目でした。

「どーしたの? 気に入らない? 見るのも嫌?」
「ううん」

 勿論、そんなことはありませんから、姫は両目を塞いだまま、小さくかむりを振りました。

「綺麗で、すごく美味しそう」

 菓子も果物も、そこらの殿上人よりも裕福なネウロでさえ取り寄せた事のないものですから。
 毎日の料理や菓子を目より舌で味わう事の方が遙かに多い姫でさえ、思わず感嘆のため息を漏らすほどに美しく、甘い香りは脳を痺れさせます。
 そう、なのだけれども。

「なら、好きなの食べなよ。お代は後でネウロに貰うし、あいつの世話になるのがヤなら、一個くらいなら試食させて――」
「違うの。美味しそうなのに……食べたく、ないの」

 食べることが何より大切で大好きな姫君なのに、その菓子が美しくて甘い芳香を放てば放つほど、食欲がなくなって行くのです。
 寧ろ、その菓子が甘やかに美しく珍しげであればあるほど、昨日に見た鮮やかな青の直衣が、驚いたようにこちらを見る碧い目が、冠を霞ませるような明るい髪色が、思い出されてしまうのです。
 この美しさと珍しさを互いに喜んで一緒に味わう者がもう誰もいないことに、胸が塞いで仕方ないのです。
 思えば思うほど、胸を塞ぐ陰の気がどんどんと広がって、食べ物の代わりに喉を塞いでしまうのです。
 この釣り殿で一緒に鯉に餌をやったことや、船遊びの最中に背中を押されて危うく落ちかけて袖を濡らした事。
 その後に貰って今も着ている細長までもが、胸を食いつぶして行くようです。
 そうして、姫を苛むそれらの何一つを取っても唯一人が与えたものなのに、姫の身一つだけが誰のものでもないのです。
 そのことが、内から外から、姫を食いつぶして行って、ついにはこの身の食欲さえ、自由にできなくなってしまったのです。

「うっ……ひっく……」

 目を塞いでしまいそうな袖に顔を埋め、ついに姫は泣き出してしまいました。
 悔しいのか悲しいのか浅ましいのか――寂しいのか。
 全く分からないまま、姫はただ、胸を塞ぐ何かを吐き出したくて泣きました。

「どーしようかな……。もう、正午の参内も終わっただろうから、あいつ、もう帰って来るだろし……仲間に妨害させたところで大した時間稼ぎにもならないだろし……」

 サイは袖で目を覆ったまま小さく震える姫をよそに、頭の後ろで腕を組んでぶつぶつと何かを呟き考えていましたが。

「よしっ! とっときのを出すか!!」

 急に大きな声を出すと、再び水干の長い袖で半袴の膝頭をばしんと叩きました。

「うえっ、なっ、何っ!!」

 急に響いた大きな音に、泣く事も忘れて姫が顔を上げた時、サイは再び膝に置いた背負い籠の中に肩の先まで腕を入れて何かを探していました。

「あんたさ、食欲がなくてもこれならきっと気に入るよっ! だって、これは遙かみちのくの、そのまた北の常世の国からやってきた……あった!」

 既に何も入っていなさそうな籠を限界まで傾け、ガサガサと底を漁っていたサイは、籠を左側の池に放り捨てました。
 そして、呆気にとられてぼうと目を見開く姫の鼻先に、何かを掴んだ腕を振りかざしました。
「これは、常世の国の本当の、ときじくの木の実なんだから!」

 サイが声高くそう叫んだ時、姫の鼻先には嗅いだこともないような瑞々しい香りがする、血のように赤くつるりとした玉が差し出されておりました。

適当な用語解説:



date:不明



Text by 烏(karasu)