桂木姫の話、六の巻
小説コン、写メコンに出した物を膨らまし詐欺。
ある有名童話をベースの平安パラレル(凄い勢いで脱線ぎみ)、出来たら上げる感じで行きます。
言葉の分からない所に辞書を引くのが億劫で今の言葉を使ってたり、適当に濁してたりする部分があるのはご愛敬。
あくまでパラレルなので信じちゃいけません。古典や歴史で書いたらマイナス確実です。
※例のあの人が登場
once upon a time.
牛車の音が十分に遠ざかったのを、板の間に付けた耳に伝わる音で確認し、朝日の登りきった頃、姫は、ようよう褥から這い出しました。
夜着を纏うどころか肌小袖に袿を重ねたまま、しかも、いつも支度も手伝うあかねがいないため、鏡台の手鏡に映った姫の顔は酷いものでした。
あかねのことですので、飯は、通いで来て準備を手伝っている顔なじみの下女達に任せてあるでしょう。
しかし、顔なじみとはいえ、流石にこの顔と姿で人前にでるのは良い事でないように思われますし、気恥ずかしく思います。
姫は苦笑しいしい、特に汚れた単と袴と小袖を変え、久々に自分の手で、自分の御髪に櫛を入れました。
「そういえば、ずっとあかねちゃんにやって貰ってたもんなぁ……その前は確か――」
そこまで呟いた所で、鏡の中の姫の顔が、姫の目にぼやけて映りました。
姫の御髪の癖毛は、梳くのにはややコツがいるのだと言って、姫が幼い時から、その支度だけは女房や乳母ではなく、母君が行って来たのでした。
何時か、この髪に触れる殿方の為だからと嫌がる姫に言って聞かせながら、鏡の前に座ったものでした。
この鏡の前で、毎日髪を梳かれていたというのに、そんな事を姫は今まで全く思い出せませんでした。
そう考え、姫は小さく首を振りました。
思い出せないのではなく、思い出す必要がなかっただけなのです。
今までと違う梳き方、触りをされていると意識することのないくらい、この場所の人々は――ネウロとあかねは、姫の髪に、母君のように優しく触れていたのでしょう。
「あんたの髪に、優しく触れてくれる人が現れるまで、母さん、頑張らきゃね」
そう言って、持ち前の、貴人の子女らしくない豪快な快活さで笑った母の顔が、鏡の中でぼやけた顔の後ろに居るような気が姫にはしました。
つい振り返ろうとしたその時――はっきりと、閉じた御簾の向こう、庭のずっととおくから、母の声が聞こえた気がしました。
驚いて、思わず御簾を見つめるとまた一声。もっとよく聞こうと、御簾に耳を当てると更に一声。
ずっと遠いという事以外に、よく聞き取れないその声は、どうやら誰かを呼んでいるようでした。
最初は、思わず母を思い浮かべた姫でしたが、じっと聞くうちに、それはただ、高くはっきりとした女の声だとわかりました。
その声に誘われて涙も忘れ、そっと、御簾を押し上げて廊下へと一歩、そこから更に、欄干の切れ目を潜って庭先に。
梅や桜を通り過ぎ、女郎花を踏み、時折、声の聞こえる方角を見定めながら進み、姫は、その声が門扉の向こう側から聞こえる事に気づきました。
驚いて、少し離れた所で呆然と門を見上げる姫の耳に、門の向こうから次の言葉が聞こえました。
「ねーえーっ? 誰か居ないのー? たのもーっ! じゃなかった。えぇと……小間物は如何ですか? も、違うっけ……」
そこで姫は、か細い女の声に聞こえたそれが、年端も行かない子供の声であると気づいたのでした。
「何ていい加減な……」
言葉こそは適当ながらも、その高い声が叫ぶのは、よく聞けば、全て物を売る時のかけ声です。
どうやら、門の外で叫んでいるのは、親の手伝いで物売りをして歩いている子どもであるのだろうと、姫は考えました。
それなら、言葉がまともに言えないのも納得が行きます。きっと、物を売り始めたばかりで、親から教えられた言葉が上手く言えないのでしょう。
「居ないって……教えてあげた方、いいよね?」
姫は、そのいい加減さに呆れながらも、家人の留守を伝えてあげようと口を開きました。
「あの……っと!」
しかし、何か声を上げる前に、姫は、はっとして、両手で強く口を塞ぎました。
ネウロが出かける前に、門の内側に知らない人を招き入れてしまってはいけないと言っていた事を思い出したからなのでした。
「あれっ? ねぇ、そこに誰か居るの?」
「あ……」
言いつけと同時に、昨日の、ネウロの言葉と冷たい目を思い出し、思わず俯いた姫は、門の向こうから子どもに呼び掛けられて再び顔を上げました。
「もー。今更黙ったって無駄だからね! ちゃんと声が聞こえたよ。誰か居るんだろ?」
唇を尖らせ、ふてくされた様子の声で、更に問いかける子どもの声と共に、木の門が閂ごとカタカタと揺れて鳴りました。
返事の無い腹いせに、両手か背中で門を強く押しているのだろうと姫は考え、その様子を想像し、つい、吹き出してしまいました。
「うん、今度はちゃんと聞こえたよ! 女の声って事は……あんた、カツラギヤコって娘?」
「えっ! 何で知って……あっ!」
未だカタカタと鳴る門の向こうから唐突に呼ばれた自分の名前に、姫は驚き、うっかりと口を滑らせてしまいました。
再び袖で口を塞ぎましたが、だからといって、言ってしまった言葉が取り消せる訳もありません。
尚も鳴る門の軋む音に紛れて聞こえた甲高い笑い声に、姫は顔を赤らめました。
「そりゃあ知ってるよ! お得意さまだもの!!」
「えっ!? そんな、私、買い物なんてした覚えないよ?」
心なしか、さっきよりも高い位置から聞こえたその言葉に、姫は自分の名前が呼ばれた事以上に面食らってしまいました。
何故なら姫は、この屋敷にやって来て以来、一歩も外に出ていませんし、それより前に、物売りから直接物を買った事は数える程しかありません。
その中に、もちろん、子どもなぞはおりませんでした。
「あはは、あんたとは初対面だよ! でもさ、あいつの持って行った品物を受け取ったのはあんたでしょ? 若い娘向けの細長とか、貝桶とか……」
「あ……」
その物売りが次々上げた品物には、姫も覚えがありました。
それらは、弓を担いでふらりと森に出たネウロが「拾った」のだと言い張って、屋敷へと持ち帰った物に間違いありませんでした。
「あいつさ、金なんかまともに払った事がないのに好みや質にうるさいんだよ。やれ、この櫛はわざとらしく歯が研いであるとか、この石帯をあんな細い娘に巻いたら、首を絞めるに十分な長さだろうとか……」
「あ……っ」
それを聴き、姫は心の臓の辺りがほっこりと暖かくなったように感じました。
それは、その滑稽な程に慎重な物選びには、物売りに何でもいいから文句を付けて追い返してやろうという底意地の悪さ以上に、随分と、姫を心配する気持ちが含まれているように思えたからでした。
「その癖さー。我が輩の敷地であこぎな商売をした上に、危険な物を意図的に売りつけた迷惑料だ、とか適当な事を言って、いい物全部持って行っちゃうんだもんさー」
「それはその……ごめんなさい……っ」
呆れたようなその言葉に、何やら頭の上から説教を受けているような気持ちになり、姫は小さく謝罪の言葉を口に致しました。
ふぅと頭上で聞こえたため息の後、物売りはふぅと、ため息とも、重い荷物を置くとも付かない吐息を漏らしました。
「だからさ、今日は直接あんたに商売しようかなぁと思って−ー」
「あぁっ、それは駄目っ! ネウロに留守に人入れちゃ駄目ってキツく言われてるし、何より私、お金持ってな−ー」
見えないと分かっていながら、門に向かってぶんぶんと手を振り、一歩後ろに後ずさった姫は、その足下に落ちた門の陰に言葉を止め、呆然と門を見上げました。
「あぁ、もうソレ無理。だって、俺、もう勝手にお邪魔させて貰う事に決めちゃったし」
身の丈に合わない大人用の水干を長袴の直衣のように着付け、門の庇の上に立ったその少年は、重い籠を背中に背負ったまま、未だ事態の飲み込めない姫の目前に、軽々と降り立ったのでございました。
適当な用語解説:
date:不明