その他に狂気のキス


第118話時点での妄想。
*百合っぽい描写を含みます。

一緒だったら、良かったのに。


両の腕は細く小さく。
夏を彩る蔓薔薇のようにしなやかに、この小さな腕の中に納まる肩幅にしなければいけない。

腕を回した背中は、このささやかな大きさの掌で全てを辿れるほど華奢に。
ひんやりとして糊のきいたシーツの上で、絡ませ合った脚同士にも、
抱き寄せて、服ごしに触れ合う薄い胸にも、飴細工のような滑らかさを。

背中から首を伝って、お互い掌でやんわり挟み込んだ顔は、ただそれだけで両の頬を被えてしまうくらい小さく柔らかく。
合わせた唇には、薔薇色の艶と飴のような優しい甘さ。
差し出合う舌は、そんな小さな口唇に無理なく納まる大きさで。
ちゅくと鳴る水音に反応し、撫で上げる、優しくさすられる、背中がゾクゾクと震えるのも。
つむった瞳、睫毛同士が僅かに擦れるのも。
すべてをすべて、均して、慣らしてしまう。
――真似して、一緒にしてしまう。

そうしてゆっくりと口唇を離し、そっと同時に眼を開ければ、俺は――私は――あなた、は――

「……おはよう、弥子」
「……おはよう、弥子」

目を伏せて、こつんと合わせた額。僅かに汗ばんだ皮膚の間で、色素の薄い前髪が擦れる。
「今日がなんのひか覚えている?」
「勿論。わすれる訳がないじゃない」
「それじゃあ、そろそろ準備しよう?」
「そうだね、ちゃんと着替えよう?」

伏せた目を上げ、上目で囁き合う。
耳に当たる吐息がくすぐったくて、額を合わせたまま、二人でくすくすと笑った。



「あなたは、さいしょにおしごとだっけ?」

ぱちん、ぱちんと。

ベッドの上に腰掛けて、シャツ一枚。浮かせた脚をパタパタ揺らしながら、髪にヘアピンを留めて行く。

「うん、餌をまかなきゃいけないの」
「……そうだね、おきゃくさまを、呼ばなくちゃいけないもんね」
「…だから、お客様が来るまで、おとなしく待っててね。きっとね」
「……うん」

じっとのぞき込む虚ろな眼、合わせた瞳でお互いの境界があやふやに溶けて行く。
いままでずっと、二人だったかのように。
――ずっとずっとこれからも、同じ人間であるかのように。

「じゃあ、いってくるね。弥子」
「うん、行ってらっしゃい。弥子」

座ったままで、一生懸命に伸ばされた両腕を取り、少しだけ屈んで。

じっとのぞき込んだ虚ろな瞳の中に映る私の影に、ゆらゆらと揺らぎを与えて。今見ているものが、すぐに判別出来ないように。
この瞬間だけ、自分が誰だか忘れるように、分からなくなるように。
今だけは、私と――俺とおんなじに、して。

ギイィと鈍く軋みながら、部屋の扉が閉まる。

「……ばいばい、弥子」

――そうして、私ともう一人の私は、強く強く、抱き合って別れた。
それが永遠の別れになると、どこかではちゃんと分かっていたのに。


写真素材「水没少女」様

百合に走った事=「狂気」などと、最後の最後にやらかしてごめんなさい。
8/7のblogで言っていた、収集がつかなくなった加筆部分は分けました。
120話の内容から加筆した、それこそ狂気の沙汰としか思えない続きには、下の「Next」から行けます。


date:2007.08.10



Text by 烏(karasu)