「不思議の国のアリス」パロディ、第五章――その1


キャストのミスマッチと、ギャグ的なキャラ崩壊に注意!
 参考:集英社版『ふしぎの国のアリス』(北村太郎 訳)

五章:帽子屋のお茶会

アリスが森を抜けた先、帽子屋の家の前には一本の木が生えており、その下に置かれた長テーブルでは、眠りねずみと帽子屋がお茶を飲んでいました。

くたびれたスーツを着たねずみは力なくテーブルに突っ伏し、その横に座ったシルクハットをかぶった帽子屋は、いささか疲れた面持ちで、膝に乗せたノートPCを操作していました。
テーブルの上は汚いし、ねずみは腕に焼酎の瓶を抱えています。

全体に疲れきった空気が蔓延し、「飲み会終了後、深夜のファミレス」のような雰囲気を醸し出していますが、これはあくまでお茶会です。
そこまでの過程に何があろうと、結果的にお茶さえ飲んでいればお茶会なのです!

……話を元に戻しましょう。

二人が放つ空気に辟易してテーブルの数歩前で固まったアリスに気づき、帽子屋はPCから顔を上げました。

「よっ、アリスじゃん!」
「あなたが帽子屋さん? ……何を、しているんですか?」
「何って、見てわかんない? お茶会だよ」
「お茶会……って、えええっ!」

目を剥いて驚きをあらわにするアリスに、帽子屋はかけていた眼鏡を額に押し上げながら、首を傾げました。

「ん、どうしたのさ?」
「だって、私がここ来た時はもう4時を回ってた筈だよ!?」

帽子屋は嘆息し、叫ぶアリスに対し、帽子を前髪と一緒に額の上へ引き上げて、冷静に言葉を返しました。

「……お茶の途中にさ、時間君が居なくなったんだよ。だから仕方なく、ず―っとお茶会してんの」

帽子屋は、疲れた顔でそういうと、膝の上からテーブルに置き直したPCの画面を小さくつつきました。
後ろから覗き込んだ画面の端に表示されたデジタル時計は、確かに3時のままで止まっています。

「……ずっと、3時のまんまなんですか?」
「そっ。……時間君はさ、俺の言う事なんかきいてくれないんだもんなぁ――」

帽子屋は唇を尖らせ、拗ねたような口調で呟きました。
(ずっとずっとお菓子が食べられるし、別にこのままでもいいんじゃかなぁ……?)
という本音と、口の端を滴りそうになった唾液を誤魔化すために、アリスは続けて聞きました。

「じゃあ、時間君は、誰の言う事なら聞くんですか?」
「えーと、そこで寝ているさ……眠りねずみさんのいうことなら、多分……」

大好きな食べ物の事を考えていた為に頬が少し紅潮し、潤んでとろんとした瞳のアリスから、 身体を丸め、屈むようにして不自然な動作で目を逸らした時計屋は、傍らのテーブルに突っ伏す、ねむりねずみを指差しました。

アリスは、帽子屋の不可解な行動に首をひねりながらもとりあえず、ねずみを起こしにかかりました。

「ねずみさん、ねずみさん」
「ん……何?」

アリスに揺り起こされた眠りねずみは気だるそうに声だけの返事をした後、ゆっくりと顔をあげました。

「あっ、あのですね、時間君について――」
「ねえ、弥子ちゃん……。俺、徹夜明けであんまり寝て――」
「あははっ!? やだなぁ――ねずみさんったら! 何を寝ぼけてるんですかぁ!」
 

アリスにペチペチと背を叩かれ、やっと覚醒するねずみさん。
彼がテーブルから身を起こすと同時、帽子屋がアリスとねずみの間に入るように椅子から半身を伸ばし、ねずみの耳元に口を寄て、早口で事情を囁きます。

「あのな、アレはアリスで、アリスは今……で、一応……だから」
「あぁ、成る程。その為の道を…ねぇ……」

二人のやりとりから弾かれた事に一瞬呆然とした直後、テーブルに積まれた物に気を取られ始め、きょろきょろと周囲を見渡すアリスは、二人の会話の内容も――自分に向けられた視線にも気付いていない様子でした。


数分後――


「何で、時間君は居なくなっちゃったんですか?」

帽子屋に、「ねずみさんが起きたから戻っておいでー」と呼ばれ、促されるまま二人の間の席へと座ったアリスは改めて、眠りねずみにそう聞きました。

「あ―っと……。喧嘩した」

ねずみは、今日の天気をいうかの口調でさらりとそういいました。

「喧嘩っ!? 時間と? 何で!!」

先を急ぐアリスは、ねずみに向かい、つい矢次早に質問を浴びせてしまいました。
ねずみはアリスの剣幕に、一瞬目を見開いて驚きましたが、すぐに先ほどまでの調子にもどって言いました。

「……ウザかった、から」
「……はい?」
「……ねずみさんさぁ、そろそろ許してやってもいーんじゃないの?」

呆然とするアリスの頭上から、帽子屋の、のほほんとした声がいいました。

「だってさ、そろそろ肴も無くなってきたし……見てよ! もうイカゲソしか無いんだから」

もう一度いいますが、コレはあくまでもお茶会です。
「ねずみさんが探してるってだけで、あの人きっと、地の果てからでも飛んで来るよ! そうしたらアリスも困らないし。ねぇ? アリス」
「あ―……。ハイ、助かるっちゃー助かりますけど」

にやにやと笑って訪ねる帽子屋に、アリスは小首を傾げながらも答えました。

「ってわけで…――決まりだね、ねずみさんっ!」
「……分かった、探してくる」

そう言い、急に立ち上がったねずみは反動でふらりとよろけ、

「あ、れ……?」
「ふへっ?」

傍らに座っていたアリスに、勢いよく倒れかかりました。アリスも拍子で椅子からずり落ちてしまい、
ドスンという鈍い音とともに、地面に倒れ込む二人。

「あ……ごめん」
「いえいえ、こちらこそぼーっとしていたもので……なくてねずみさんっ!? 早くっ、どいて下さいっ!!」
「あーあー! ねずみさんってば、いい歳こいて女の子にセクハラー?」

組み敷かれるような体制になり、アリスは真っ赤になって焦ります。 そんな彼女を完全無視で、再び寝入りそうなねずみと、そんな二人を、にやにやと揶揄しながら見下ろす帽子屋――

「帽子屋さんっ! 見てないで助けてよ!!」
「や―だね! なんかお前見てると面白いし。それに、エサが有れば探す手間も省けるから一石二鳥だし」
「へ?」

帽子屋が言い終わるか終わらないかのうちに、何処からかこちらへ向かって近づいて来る足音が聞こえ――ぐいと強く腕を引っ張られたと思ったら、アリスは、ねずみの下から解放されていました。

「あ……ありが――」
「お前っ、先輩に何してんだよ!?」

引っ張り出してくれた人に礼を言おうと振り返った途端、疾風の速さで浴びせられた暴言に、アリスは数度瞬きをしました。
その人の後ろでお腹を抱えて盛大に笑い、今にも椅子からずり落ちそうになっている帽子屋の姿に、お腹の底から怒りが沸いてきました。

「なっ……!」

されたのは(どちらかと言えば)こっちの方よっ!! と、頭に血が上ったアリスが叫ぶより早く、その人はアリスの腕から手を離し、相変わらず、地面の上に俯せている眠りねずみに駆け寄りました。
(今思うと、あれは余計なトラブルを避ける為の寝たふりだったのかも知れないなぁとアリスは言います。)

「先輩っ、先輩っ、大丈夫ですか!?」

それは、幼さの残る顔立ちの青年で。上半身を抱き起こされて揺さぶられ、薄目を開けたねずみは一言、「うざい……」と呟きました。
「え、ねえ帽子屋さん、もしかしてアレ……が?」

その一言にピンと来たアリスの見上げた帽子屋は肩を竦め、オーバーな動作で首を振りました。

「そう、アレが時間君。だからアリス、お前は今のうちに先に行った方がいいよ。ほら、余ったイカゲソあげるから」
「ふへっ? 何でですか?」

言葉と共に差し出された袋へと、条件反射で手を伸ばしながら、アリスが思わず聞き返すと、帽子屋はアリスの耳元に顔を寄せ、早口に囁きました。

「今はねずみさんが半分寝てるからいいけどさ、起きたら色々めんどくさいんだよ。
アリスだってこれ以上、余計な面倒事が増えるのは御免だろ?」

その言葉に、アリスがちらと見た先ではちょうど「少し黙ってろ」という言葉と共に時間君に放たれた、ねずみの見事な回し蹴りが決まった所でした。

「うん……確かに」
「だろ?」

むぐむぐとイカゲソを咀嚼しながら顔を見合わせて、思わず二人同時に吹き出しました。

「あ……じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うね!」

そう叫んで走り出したアリスの背には「今度は二人だけで茶ぁ飲もうな!」と叫ぶ帽子屋の声と、ガチャンという陶器の割れる音、
「ひどいですよ先輩っ!」という悲鳴に近い鳴き声が聞こえたような気がしました。


今回のキャスト一覧:
 アリス:桂木弥子 帽子屋:匪口結也 ねむりねずみ:笹塚衛士 時間くん:石垣筍
 
一番最初に書いた章のため、一番、原作の文体とギャグ色が強かった話に、無理矢理色々な物を詰め込んだ感じです。
 


date:2008.02.15



Text by 烏(karasu)