「不思議の国のアリス」パロディ、第四章―その2


キャストのミスマッチと、ギャグ的なキャラ崩壊に注意!
 参考:集英社版『ふしぎの国のアリス』(北村太郎 訳)

閑話:アリスとチェシャ猫

「あー、本当ひどい目にあった……」

再び森を歩きながら、アリスは一人呟きました。

「ふむ、全くだな……」

頭上から低く尊大な声が一つ、アリスの独り言に答えました。
「だよねー! まさか夫人があんな怖い人だったとは……って!」

驚き、勢いよく顔を上げたアリスの顔面にスコン、と黒い革靴の底が叩きつけられました。

「いっ…たぁーっ!!」
「フハハハ…すまぬ、ただでさえ豚のように低い鼻を、今の一撃でへし折ってしまったか?」

顔を抑えて蹲るアリス。それでもなんとか顔を上げると、真上に張り出した木の枝の上で、嫌味な程に長い脚を投げ出して座る、チェシャ猫『らしき人』と目があいました。
(アリスが『らしき』と言ったのにはちゃんとした理由がありました。一つ目に、さっきと雰囲気や言動が違った事、  そしてもう一つはただ単に、これ以上のトラブルを避けたい為に、その事実を認めたくなかったのです)

「………あなた、誰ですか?」

アリスが思わずそう聞くと、猫は生ごみでも見るような視線を浴びせかけました。

「む、薄々気付いてはいたが……まさかそこまで能無しとはな」
「あ……やっぱりさっきと同じ人なんだ……」

僅かな希望が潰え、跪いたままがっくりと俯くアリスの顎を靴のつま先で捉え、猫はアリスの顔を無理矢理上向かせました。
「うぐ……! ケホッ」

咳き込みながらもどうにか視線を上げたアリスの眼を、長い脚を抱えるようにしてしゃがみ込み、彼女と目線を合わせて来た猫の、鈍い翡翠色をした眼が捕らえました。
「帰りたいか?」
「へっ?」

質問の意味が分からず、首を傾げ、思わず聞き返してしまったアリスを馬鹿にするように目を細め、その細い首筋を片手で捕まえた猫は、アリスを自身の方へ引き寄せて、今度はアリスの耳元で再び言葉を繰りしました。

「我が輩、元の世界に帰りたいか、と貴様に問うているのだが……」
「そりゃあ帰りたいよ……ここ、何かが根本的におかしいし。叶絵もアレで一応、心配してくれるだろうし。
 それに、このまま夕食まで帰らなかったら、きっとお母さんだって……あ、れっ?」

猫を見上げ、詰まる息の中で猫の疑問に答えながら、アリスは自身の台詞に違和感を覚えました。
なぜなら、今アリスのあげた『帰りたい理由』の中に、何かが足りない気がしたのです。

しいて表現するのなら、何か、忘れてはいけないとても大切な名前を取りこぼしたような――。

アリスの思考が逸れたのが気に入らなかったのでしょうか? 猫は一瞬だけ眉を潜め、不機嫌そうな表情を見せました。
しかし、それもすぐにまた、獲物を嬲るような楽しそうな表情に変わりました。
「そうだな……。今ここで我が輩に服従するのなら、簡単な帰り道を教えてやってもいいぞ」
「え……?」

何を言われたのかがよく分からないアリスに対し、「手始めに靴でも舐めて見るか?」と笑いを含んだ声で囁いた猫の、相変わらず彼女の首に回っていた方の手を、アリスは無言で、ぐい、と押し返しました。

「……確かに、私は帰りたいよ。けどね――」

きょとん、と目を見開く猫を地面に残し、アリスは土埃の付いたエプロンドレスをパンパンと叩き、スッと立ち上がりました。
「そんな事する位だったら、帰る方法の一つや二つくらい、自分で見つけてやるんだからッ!」

そう叫び、猫に背を向けて走り出したアリスを止めるどころか、彼女へ向かい何か声をかけることさえせずに、 立ち上がった猫はただ、その小さな後ろ姿を見送るだけでした。

そうして、その姿が木立に隠れて完全に見えなくなった頃やっと、溜息まじりに空を仰ぎ、一言だけを呟きました。
「やれやれ、素直に従っていれば良いものを。……仕方ない、もう少しこの茶番に付き合ってやるとしようか」

誰にともなく発せられた言葉と笑い声は木立を吹く風の音に簡単に紛れ、その風の止んだ時には既に、それを発したチェシャ猫自身と共に、跡形もなく消え去っていました。


今回のキャスト一覧:
 アリス:桂木弥子 チェシャ猫:ネウロ
 
ここら辺から、シリアス的な軌道修正が入ってみたり。
 


date:2007.12.11



Text by 烏(karasu)