ひとつきとはんぶん


「美女と野獣パロ」、第五話


「この前は、ひどいこと言ってごめん……」

 我が輩の傍ら、毛布から頭だけ出した状態で俯せていたヤコが、枕に顔を埋めたままで小さく呟いた。
その声に読んでいた本を閉じ、コレの言う「この前」がいつだったかをしばし思案する。
そこでやっと、先週街に出た日に起きた「食事」だと思い当たった。


 この家畜には以前から困った癖がある。
就寝時、たまに自室から我が輩の部屋にやって来ては
嫌な事があっただの悪夢を見ただのと、なにかと小さな理由をつけて居座るのだ。

 始めは実力を行使し問答無用で叩き出すか、ヤコが落ち着き大人しく部屋に引き揚げるか寝付くかするまで付き合っていたのだが、
食事の不足によりある程度の睡眠が必要となった頃から、我が輩の眠りを妨げぬことを条件に放置していた。

 そうしたら段々と付け上がり、最近ではこうして寝床にまで潜り込んで来るようになったのだ。
……これだからペットという物は厄介である。

 名誉の為に言及しておくが、目覚めると隣にが寝ているという状況が三日程続いた時には
寛大な我が輩も流石に辟易し、問い詰めた。
するとコレはしゅんとした上目使いで我が輩を見上げて、「そういう時はお兄ちゃんが添い寝してくれたから…つい癖で」などとほざいた。

 人間本来の性質やコレ自身が年齢と比べ心身ともに幼い為に成熟した個体とは到底呼べないことを考慮してもこの兄妹の習慣は、些か常軌を逸していると最近常々思う。


「ほう、何故に今更、そんな事を言い出したのだ?」

 ヤコは枕から顔を上げ、半身を起こし頬杖をついて見上げて来る。
「だってさ…あれからあんた、本来の姿でいること、前より少なくなったじゃん。だから……傷付けたのかなって」

 確かに、以前より人型でいる事が多くなった。
しかしそれは街に出る習慣がついた故、必要性が生じただけだ。
それ以外の理由などは無い。

 覚えた苛立ちのまま、未だ手に持っていた本で、その空の頭を叩いた。
「ぎゃんっ!?」

 獣のような声を上げ、両手で頭を抱えたヤコの様子に嘆息する。
「つまり…貴様のくだらぬ言動が我が輩の精神に影響を与えた。と、そう言いたいのだな?」

 全く……付け上がるのも大概にしろ。

 ヤコは涙を滲ませた視線を下げて枕を凝視し、暫しの間の後、言葉を選ぶようにゆっくり言葉を繋げた。
「だって、あんた最近、寝てる時とかでもさ…普通に人の顔なんだもん。まぁ、自分で気付いてないんだろうけど!」

 些か拗ねたような口調で最後の一語を早口に吐き出し、ぽすっ、と、再び枕に顔を埋める。
「……気を許してくれてるみたいで、結構嬉しかったんだけどな」

 コレには元々我が輩より早い時間に起床する習慣があった。
起きがけに顔を覗き込まれていた……などということもたまに有った。

 最近寝床に潜り込んで来る理由はこれなのだろうか?
悪癖の一種なのだと思っていたが、まさかそれ以上にくだらぬ理由とは。
呆れる我が輩を尻目に、ヤコは既にうとうとと、まどろみ始めていた。
「私さ、あんたの事…結構好きなんだと思う……」

 眠りに落ちる寸前、ヤコは聞こえるか聞こえないかの声量でそう呟いた。
寒さの為、小動物のように丸まった小さな身体に擦り寄られるのを感じる。

 子どものように高い体温が冷たい身体にうつる。
――コレは何故にここまでに危機感が薄いのだろう?
家畜、という意味でも、人間の雌の個体、という意味でも。
思考をそこで止め、横で規則的な寝息を立て始めたヤコに習い目を閉じる。

明日の朝、起きしな顔を合わせるコレが、まだ我が輩と違う生き物であることを願い。


date:2006.12.24



Text by 烏(karasu)