いっしゅうめ


「美女と野獣パロ」、第三話

少女は野獣と一つ、約束をしました。


――ヤコが、捨てられた猫のような姿で門の前に立ち尽くしていた日から、一月余りが経過した。

 予定していた業務が思いの外早く終わってしまい書斎で暇を持て余していた。

 ここ最近、さほど仕事が持ち込まれない。たとえあったとしても本日のコレのように、
不甲斐無くカロリーが低いか、そもそも『謎』自体を含んでいない物が殆どだ。
 前々から危惧していた通り、やはり噂を撒き餌に『謎』を待つ今の方法はもう限界のようだ。
――そろそろ、自身で出向き、糧を探しに行く頃合いなのかもしれない。

 その為に必要な物や手順は何か?そしてその頃合いはいつが良いだろうか。
 暇にかまけて行っていたそうした皮算用にもついに飽き、机に肘をついたまま何気なく見遣った背後の窓の外。
そこから見える唯一の景色である中庭では、ヤコがいつものように花を摘んでいた。
あぁ、もう正午に近い時刻なのだと、そこで初めて知る。

 最近はこうして、ヤコの行動で時刻を知る事が多い。
アレの動きは毎日一定で解りやすいのだ。
朝は決まった時間に起きて朝食を取った後、中庭に出て、そこに咲く花を世話する。

 (コレについては別にやらなくて良いのだと最初に屋敷を案内した時、我が輩は確かに言った。だが、

 「ただ世話になるのは嫌だし、何より私がしたいの。それにさ、あんた最初に言ったじゃん!

 『この屋敷では私の好きにしていい』って」と、ほぼ無理矢理に近い形で押し切られ、以来

ヤコの仕事として定着している)

その後午前中一杯、ミジンコのように矮小な脳をフル活用しながらコマねずみのように忙しなく、
しかし何故だか楽しそうに働き続ける。

 そうして正午に近くなると、毎日ああして花を摘み、その細腕で抱えられる程度の花束を作り始めるのだ。
――ほう、どうやら今日は薔薇を選んだらしい。
ヤコは作った花束を抱え、準備の為一旦屋敷の中へ戻る。

 特に見る物もなくなった中庭から視線を外し、机に置いた時計を改めて見遣る。
正午5分前。そろそろ来るかと正面の扉に向き直る。
ついでに顔を、擬態のソレに直し。

時計が正午を指すのと同時に、やはりノックも無しにドアが開く。
「ネウロ−来たよ―」

 右腕に重箱を抱え、左腕は背に回し、そこに持つ物をどうにか隠して。
毎度毎度、本当に滑稽な姿である。
「ちょっと!毎回そうやって本気で笑うの止めてよ!!
これでも出来るだけ持って来る量セーブしてるんだからっ!!」

 いつものように唇を尖らせてそう言い、部屋の中央に置かれたテーブルにそっと箱を置く。

 ヤコが昼時になると用意された食事を自分で詰め直し、わざわざこの書斎を訪れるようになったのは
庭の手入れ同様、屋敷に来て直ぐからの習慣だ。
「……大量に喰いたいのなら夕食同様ホールで喰えば良かろう?何故に毎日ここへ来るのだ?」

 最初にヤコがここへやって来た日、我が輩は聞いた。
「だってさ、一人で食べるとあまり美味しくないし、それに…何か寂しいじゃん……」

 拗ねた口調でそれだけ言って、膝を抱えてソファに踞った。かと思うと唐突に顔を上げ、
我が輩に庭園の世話を了解させた時と同様の台詞を唱え始めたのだった。

 その時は呆れ、早々に追い出したのだが、
その翌日も翌々日も、ヤコはこうして訪ねて来て――それは約一週間程続いた。

 その後も執拗につづく行動に、コレの何百倍も繊細な精神構造を持った我が輩はとうとう根負けしたのだ。
なのでこうして昼食時だけ、この汚いドブネズミの侵入を許している。

 ……コレが悲劇でなくて何であろうか?

「……何か今、物凄い勢いで侮辱された気がするんだけど……気のせい?」

 声に視線を向ければ、テーブルと机を挟んで我が輩の向かいに立ったヤコは不機嫌に頬をふくらまし、
じとり、我が輩を睨めつけていた。
相変わらず迫力の全く感じられない、体に劣らず貧相な顔で。
「……我が輩、ただ無心で座っていただけだぞ?…貴様の内なるコンプレックスが聞かせた幻聴ではないのか?」
「……うん、そう言うと思った」

 背を丸め、小さくそう漏らした。かと思えば顔を上げ、左腕と共に空いた右腕も背に回し、
にこり、と、至極わざとらしい笑みを浮かべる。
「さてネウロ、今日の花は何でしょう?」
「……薔薇だろう?色は……今日は、緋色だけか」
「う…正解っ」

 ヤコは苦々し気に顔を歪め、背に隠していた花束を取り出した。
 

 これも、ここでの昼食と共にできた習慣だ。

件の精神攻撃のさ中、覚えた苛立ちに任せ「せめて我が輩の喰える物を手土産に持参してみろ」と
言ってやった事が有った。

 結果、その翌日から、ヤコはこうして毎回何の花だか解らない花束を持参してやって来るようになったのだ。

 元々悪意の薄い時点で、糧として質、量ともに不十分であったのが、
最近では、解にたどり着くまでのヒントが多すぎる為に、『謎』とさえ呼べない代物に成り下がっている。
それでもこうして毎日付き合ってやっているのは、いうなれば我が輩の気紛れなのだ。
「もうっ!……何でいつも当てられちゃうかなぁ?」
「馬鹿め、人間というものは大低、無作為に物を選んでいるつもりでいても
そこに一定の法則を生じさせてしまうのだ」

 まぁ、最近の当たりに関してだけ言うなら窓から解を盗み見れるからなのだがしかし、嘘は言っていない。

 暫く付き合ってやるうちに解ったのだが、ヤコには非常に機嫌の良い時に自分の好きな物を選択する癖が有る。
色なら真紅、花なら薔薇、を。

 恐らくまた、兄からの手紙でも届いたのだろう。最近、人づてに手紙で連絡を取っていると言っていた。

 思い当たった一番妥当な可能性に、何故だか不快感を覚える。


「う〜ん……よく分かんないや。あ、ネウロ!その花瓶取ってよ」

 指された花瓶を持上げそのまま投げつけてやると、ヤコは煩く悲鳴を上げて花束を放り投げる。
そうして花瓶を、スライディングでどうにか受け止めた。
「はぁ―、良かった。割れなくて」
「いやいや、いつもお見事です、ヤコさん」

 わざと丁寧な口調で囃し立てる。ヤコは花瓶を抱え、敷物のように床に伸びた体制のまま、ギッとこちらを睨む。
「物を渡す時に、全力で投げつけるのだけはやめてっていってるでしょ!?
この前なんか肋骨に皹が入るかと思ったよ!!」
「フハハ……済まんな、我が輩、物覚えがすこぶる悪いものでな」
「……嘘つきっ!!」

 立ち上がりパタパタと服の埃を払った後、花束を拾い上げる。
「あ−ぁ、花びら少し散っちゃった」
「別に構わぬだろう――どうせ我が輩の瘴気に当てられ、丸一日も保たず駄目になるのだからな……」
「でもさ、一番美しい今は綺麗に飾ってあげたかったなぁ…って」
 言って、抱えた花に顔を寄せて瞑目し「ごめんね…」と小さく呟く。
「じゃ、水汲んで来るね!」
「うむ」


 バタンと戸の閉まる音の後、慣れた足音。それが遠ざかるのを確認してから、我が輩は嘆息する。
――アレは、一度でも考えた事が有るのだろうか?
生花を約一日で枯らす力が、人間――しかも普通より小さく脆い体躯を持つものに、どこまで影響するのかを。
 また、それによって自分がどう作り変えられてしまうのかという漠然とした危惧を。
そこまで考え、思わず笑いが込み上げた恐らく一度も無いだろう、と。

 出会った時からずっと、アレの頭は喰う事ばかりだ。
でなければ、こうして無防備に接触してきたり、共に過ごす時間を多く取るなどという馬鹿な考えは浮かばない。

 それは一体いつまで――そこまでで思考を止め、瞑目した。

 くだらない。
こんなことに思考が向くのも、空腹で暇を持て余しているから、だろうか?


 来週から、ヤコを連れて街に出ようと思う。
自身で糧を探す為、退屈によってこうした余計な思考が増えるのを防ぐ為。
そして……密室という状況下で滞った瘴気によって、アレの身体に余計な負担がかかるのを防ぐ為にも。


date:2006.12.22



Text by 烏(karasu)