一週間程でヤコはここでの生活に慣れた様子だった。
どうやら中々に適応能力のある個体らしい。
ある日の夕食時、いつものように大量の食物をその身に収めていたヤコは不意に手を止めこう聞いてきた。
「そういえばさ、ネウロっていつご飯食べてるの?」
余りに今更な質問に呆れ返り、思わず嘆息する。
鈍いバクテリアはそれには気付かず戯言を続ける。
「だってさ、夕ご飯以外の時はここに来ないし、来ても何も食べないでただ向かいに座っているだけだし」
「……それ位、通常なら三日も生活を共にすれば分かると思うのだが。
貴様の愚鈍さが余りに哀れで、我が輩、思わず涙が……」
目頭を押さえ大袈裟に上向く。
いつもの通りぎゃいぎゃいと鳴いて文句を言うかと思ったのだが。
「うん、まぁ…そこは反省してる……」
と、存外素直な返事が返ってくる。訝しんで視線を戻せば――何の事は無い。
その顔は好奇心を隠すことなく露にしていた。
幼い子どもや猫のような仕草。
大きな目を見張り、じっと耳をそばだて、我が輩の答えを待っている。
どうやらこれは、大きな興味や疑問の前になら、
普段この我が輩に盾突いまで死守しようとしているゴミムシ程度のプライドなど、
簡単に投げ出してしまえるらしい。
その点に於いてならば、我が輩はコレばかりをただ愚かだとは責める事は出来ないだろう。
向く対象や方向性に違いは有っても、突き詰めれば結局の所、それは一種の探究心だ。
我が輩の食に向く本能と同じ性質をした、生物の本能とも呼べるような。
ならば――それに答えてやるのも主人の勤めというものだ。
「我が輩は『謎』しか食わぬのだ」
いささか抽象的な解、驚くか怯えるか位すると思ったが、ヤコは「ふぅん」と簡単に納得し、
次の問いをぶつけてきた。
「んじゃさ、普段自分の部屋に篭り切りなのは?」
「それも我が食事の為だ。依頼を受け『謎』を解決している。まぁ、依頼人の前に顔を出すことはまず無いが」
「へぇ〜っ!じゃぁさ、じゃぁさ――」
ヤコは矢継ぎ早に質問を繰り返し、我が輩の答えに一々うんうんと、興味深気に頷く。
どこまで分かっているのかほとほと疑問だが……。まぁ、深く追求しないでおく事にした。
それにしても――コレは何故、ここまで強い興味を他人に持てるのか。
それこそ好奇心の赴くままに聞いてみた所、ヤコはしばしう〜んと唸り考え込んだ後にゆっくりと口を開いた。
「なんだかんだで……あんたが嫌いじゃないから……かなぁ?」
余りに漠然とし、且つ合理性に欠ける解。しかし、いかにもコレらしい答えだと思った。
その後も我が輩は、奴の稚拙な疑問に珍しく付き合ってやった。
ついでに、今まで聞く必要も無いとあえて聞くこともしなかった、ヤコ自身についての話もいくつか聞いた。
両親は早くに亡くなり、現在の家族は二人の兄だけだとか、
一応は両方に可愛がられていたが、実際の世話をしていたのは専ら年の離れた一番上の兄であり、
親代わりのそいつに(主に経済面で)多大な苦労をかけたのだとか。
他に――こうして長兄の話をする時に、喜色満面で瞳を輝かせるヤコの癖だとか。
テーブルに突っ伏しそう呟いたヤコの横顔に、一瞬覚えた不快は一体何だったのだろうか。