桂木姫の話、二の巻
小説コン、写メコンに出した物を膨らまし詐欺。
ある有名童話をベースの平安パラレル(凄い勢いで脱線ぎみ)、出来たら上げる感じで行きます。
言葉の分からない所に辞書を引くのが億劫で今の言葉を使ってたり、適当に濁してたりする部分があるのはご愛敬。
あくまでパラレルなので信じちゃいけません。古典や歴史で書いたらマイナス確実です。
once upon a time.
「お帰りなさいませ、ネウロ様。この方は……?」
「拾った。我が屋敷の敷地に牛車ごと不法投棄されていたのだから、まぁ構わないだろう」
姫が青年によって板の間に叩きつけられると同時に、姫の頭上から鈴のように澄んだ声が聞こえました。
痛む額をさすりさすり姫が顔を上げると、仕立ての良い女房装束の女性が、板の間に腹ばいに伸びる姫を見下ろしていました。
丸く目を見開いた顔形は美しく、何よりその美しい顔を縁取る黒髪は、烏の羽根のようなぬばたま色。
季節に合わせた重ねウチキに焚きしめられているらしい香が甘く香ります。
思わずまじまじと見つめ返す姫と視線を合わせたその人は、小さな口元を袖で覆って目元を綻ばせ微笑しました。 自分の状況も忘れてその女房に見とれていた姫は、それに正気を取り戻し、同時に、自分の薄汚れた格好に思い当たり、羞恥に頬を染め、思わず俯きました。
「ということは……」
「まぁ、そういう事だと思っても良い。そうだな……一先ずは、着替えと……身辺の世話を頼もうか」
「えぇ……かしこまりました」
そんな姫の頭上で青年とその女房は意味ありげな言葉と視線を交わし、女房は姫の肩へと手を掛けました。
「さぁ姫様、お顔をお上げください。一先ずは井戸で足とお顔をお洗い致しますね」
「あ、はいっ……えぇと」
「あかねです。さぁ、こちらへいらっしゃいませ」
あかねに促されるまま手を引かれた姫は、廊下を渡りながら青年にを振り返りましたが、青年はもう彼女達に背を向けていました。
「あ、廊下、汚してしまってごめんなさい……えと、あかねさん」
泥だらけとなったウチキと裳を脱がされ、単衣一枚と袴だけの平服姿になり、厨の土間との境に腰掛けた姫は、気遣わしげにあかねを見上げました。
姫と同じく平服になり、土間の瓶から水を汲み上げ、泥にまみれた姫の手足を洗う女房は顔を上げ柔和に微笑みました。
「あかねで結構でございますよ。廊下はお気になさらずに。後で拭いておきますから」
「……あ」
あかねのその言葉に、姫はある事に気づいて小さく声を上げました。
「姫様、如何なさいましたか?」
「うん。あのさ……」
小さく首を傾げたあかねに、姫は屋敷の中に入ってから自分の感じていた違和感の事を話しました。
姫はこんなに広い屋敷なのに、何故、こんなに静かなのかがずっと気になっていたのでした。
「こんな大きな屋敷なのに、女房とか、下働きの人とか、牛とか馬とか……そういう、他の人の気配がしないからだよね……ここには……生きている人の気配がない。
私の家でさえ、私の乳母とか、飯炊きの人とか、お母さんが……」
ふと、姫は母の顔を思い出しました。次に、姫の旺盛すぎる食欲に呆れながらも、厨を覗く度に何かを分けてくれた飯炊きの顔。
父に引き取られる事となった姫との別れを惜しみながらも、無理に笑顔を作って送り出してくれた乳母子の叶絵、祖父母に、下男や下女。
「あっ、あれっ……」
つい数刻前に別れたばかりの、姫の幸せを心から願っていた人々の顔を思い出した途端、姫の頬を水滴が滑り落ちました。
森の中に置き去りにされた時のように、単衣の袖で目頭を押さえ、拭っても拭っても後から後から溢れて来ます。
「ごめんね、あかねさん……私、なんか、へん……みたいっ……」
あかねは、おおきく目を見開いた後に、小さく震える姫の肩に、そっと手を置きました。
「姫様は、大切に育てられて来たのですね……」
優しい響きで紡がれたその言葉と、とんとんと、肩を叩く掌の温かさに、益々涙が溢れて来ました。
あかねは、そんな姫を慰めるでも咎めるでもなく、ただ、姫の涙が止まるまで待ち、すっと身を離しました。
「ここには、私とネウロ様と、あとは下男の一人いるだけでございます。しかし、姫様を心細くすることだけは、決してしないと約束致しましょう。
どうか気安く、何なりと申し出て下さい」
「いっ、いいよそんな気を使わなくて! それに、姫様とかそういうのじゃくて、弥子でいいし……!」
まるで神仏でも拝むかのように。
濡羽色をした虫の垂れ絹肩から滑り落ちるほどに恭しいあかねの礼に、姫は涙も忘れ、しどろもどろにそう答えました。
あかねはそっと顔を上げ、狼狽する姫を見やり、今までとは違い、姫に負けぬ無邪気なお顔で笑いました。
「では、弥子様とお呼び致しましょう。弥子様も、どうか気安くあかねと……」
「じゃ……年も近いし、あかねちゃんで。……いい?」
「えぇ、構いません」
「じゃ、よろしくね、あかねちゃん」
「えぇ。……弥子様? 如何なさいましたか」
これで話は終わりとばかり、汚れたウチキをまとめ立ち上がろうとしたあかねは、姫のお顔が未だ優れないのに気づき、そう聞いてみました。
「でもさ……いいの? 私、ここに居て。お金もないし……多分、迎えも来ないよ。それに、よく食べるし……」
そうして言葉にすればするほどに、自分の身の頼りなさを実感し、姫の言葉はどこまでも尻すぼみになって行きました。
しかし今度は不安や悲しさよりも、これから自分の掛けるであろう迷惑を思ってのことでした。
「えぇ、あのネウロ様が人を自らお呼びになるのです。それだけ、弥子様を気安くお思いなのでしょう」
そこで言葉を切り、素早く周囲を見回したあかねは姫の耳元に檜扇と唇を寄せ、ここだけの話ですが、と囁いたことによると、この家の主人である青年は事情があって人を避けているのだということでございました。
だからこんなに広い屋敷に関わらず、仕える者がたった二人なのかと、姫様は改めて納得致しました。
「それに加え……あの性格でございますから。心から気に入らない人間相手ですと、言葉を交わす事はおろか、御簾越しに御前を横切るのさえ嫌がられまして……」
更に声を潜めて囁かれた次の言葉は、たった一刻にも満たない移動の間に働かれた無礼と暴力の数々を思いだし、姫は幾度も強く頷きました。
「だけど、本当にいいの? たった二人しか居なくてあいつがあんな性格で、その上私なんかが加わったら余計に忙しいんじゃ……」
「いいえ。私たちは使用人。ネウロ様さえ宜しければ、拒否権はありません。それに私は、弥子様にお会いできた事を大変嬉しく思っております」
「あかねちゃん……」
今日になって何度も泣いたことで、果物のような赤みの残った頬を更に紅潮させ、瞳を潤ませた姫だけでなく、あかねの切れ長の目尻も僅かに潤んでいるように見えました。
「私が、こんな愛らしい……様を持つだなんて……。あの方の下では、それ自体夢のまた夢だと思っていましたのに……」
口元と目頭を単衣の袖で押さえながら囁かれたが為に、あかねの感涙に掠れたその声は、同じく袖で顔を覆った姫の耳にまでは届かなかったのでした。
適当な用語解説:
厨(くりや)=厨房の事ですね。昔は土間でした。料理用の使用人もいたと思いますがそこは割愛で
下男下女も、もっと言い方がある筈ですが、そこまで本格的にすると出て来れなくなるので、ここも現代語に。
こんな愛らしい~は、壮大なネタバレだったので割愛。
date:2008.12.28