桂木姫の話、一の巻


小説コン、写メコンに出した物を膨らまし詐欺。
ある有名童話をベースの平安パラレル(凄い勢いで脱線ぎみ)、出来たら上げる感じで行きます。
言葉の分からない所に辞書を引くのが億劫で今の言葉を使ってたり、適当に濁してたりする部分があるのはご愛敬。
あくまでパラレルなので信じちゃいけません。古典や歴史で書いたらマイナス確実です。

once upon a time.


 今は昔、さる高貴なお娘に一人の姫様がお生まれになりました。
 雪のように白い肌と狐の尾のような色の御櫛のその愛らしい姫は、弥子姫と名付けられ、皆から愛され大切に育てられました。
 しかし、姫が16になろうというある年、姫の母上様がはかなくなられ、姫は父のお屋敷へと引き取られる事となりました。
 姫は、側使えの女房達、母の遥の君と同じくらいに慕っていた乳母、姉妹同然
に育った乳母子と別れ、喪が明けるのも待たず、明くる朝、牛車で屋敷を後にす
ることとあいなったのです。
 屋敷の皆は大層に悲しみましたが、姫は涙に濡れた黒い衣の袖を隠し、そんな
皆を笑って励ましさえも致しました。
 その気丈な振る舞いは、皆に亡き遥の君の姿を思わせ、また、その幼いいじましさが、一層に人々の涙を誘うのでした。

「ねぇ、大丈夫だから泣かないでよ! お父様も、私の為に、珍しいお菓子や巻や衣を沢山用意してくれるって言っているし、文も書くから。ね?」

 笑顔を浮かべ、祖父や乳母だけでなく、下男や女房などをも励ます姫の言葉には、強がりこそあれど、嘘はありませんでした。
 実際、父君は姫の母が亡くなったと聞くやいなや自ら筆をとり、強制するでな
く、そのように聞いて下さったのですから。
 そうして姫は、父の用意した牛車へと乗り込んだのです。

「着いたの……かな……」

 牛車の緩やかな揺れに今まで重ねた疲れが誘われ、うとうととまどろんでいた姫は、車の止まった気配に目を開けました。
 しかし、一向にかからない声を訝しく思い、側に置いていた紗を頭に被り、簾
からひょいと頭を覗かせると……。

「何……これ……!」

 そこは、果ての見えない深い深い森の中でした。
 驚いて、はしたないと思う間もなく車から出れば、そこには迎えの者どころか、車を引いていた牛さえおりません。
 というのも、亡き遥の君に生き写しの姫が父君の愛情を受けるのを良しとしなかっ
た正室が姫の迎えの者に手を回したからなのでした。
 それにより、姫は迎えの牛車ごと、父君のお屋敷から離れた場所へ打ち捨てられることになったのです。

「どう、しよう……」

 姫はその場に座り込み、苔むした岩に寄り掛かって膝に顔を伏せました。
 すっかりと気の動転してしまった姫は、自分が父に捨てられたものだと思ってしまったのです。
 泣いては駄目だ、どうにかしなくてはと思えば思うほど、顔を覆った衣の袖は、重く冷たく濡れて行くのでした。
 そうして俯いたまま、どれほど経った時でしょうか。

「ふんっ」
「いだっ!」

 後頭を何か固い物で思い切り突かれた衝撃で、姫は着物の袖から顔を上げました。

「なっ、何っ!?」

 姫が驚いて辺りを見渡すと、再び頭に衝撃が走りました。
 見上げると、いつの間にか、姫の寄り掛かっていた岩の上から大きな弓……もとい、それを携えた青年が座っておりました。
 前髪以外が金色をしたその青年は、森の緑を写し取ったような瞳で興味深そう
に姫を覗き込んでおりました。

「貴様、一体何を泣いているのだ?」

 弓の先で濡れた頬を指されてそう問われ、姫は漸く、男の前で姿どころか顔も隠さない自分のはしたない格好に気付きました。

「なっ、何でもないっ!」
 泣きすぎて赤くなった頬を更に赤くしてそっぽを向き、頭に被っていた紗を一層深く被りました。
 何故、扇の一つ、市目傘の一つくらい持って居なかったのだと考え、それが何故必要無かったかに思い至り、姫の目に再び涙が滲みました。

「ぐ……っ、あの……痛いんだけどっ!」
「ム?」

 しかし、同時に弓の先をぐりぐりと頬に押し付けられ、姫の涙はすぐにその鈍い痛みによる物に取って代わりました。

「質問に答えない貴様が悪いのだ」
「何よそれっ! 人には事情ってモンがあるのよっ!!」

 段々と篭る力に、はしたないという認識も忘れて叫ぶ姫を、青年は相変わらず岩の上から冷たく見下ろしました。

「……しかし、何故こんなゴミが我が敷地に……」
「ゴミじゃないっ! 弥子ッ!」
「……まぁ、ゴミだろうがムシだろうが正直どうでもいいが……」

 青年はそう呟くと、岩の上から姫を飛び越えてその身を踊らせ、あっという間に姫の前へと飛び降りました。

「我が山に捨てられていた以上、引き取るのが筋か……」

 青年は驚く姫など気にもせず、右手の弓を肩へと担ぎ直し、そう言って笑いました。

「だから、ゴミでも虫でもな……わっ! 離してっ、こら、脇に抱えるなったら……!」
「では、責任を持って引き取ろうか。この不法投棄物めを」

 背に矢を背負い弓を肩に担ぎ、重ねた袿と袴を纏った姫を小脇に抱えているにも関わらず、青年は岩ばかりの苔むした山道を、ふらつきもせず軽々と進ん
で行きます。
 そのようにして、姫を『拾った』この青年は、その態度と身なりから、高貴な身の上であろう事は、世間の噂に些か疎い姫にも容易に伺えました。
 そんな人間が、何故こんな山の中に居るのか、その理由を姫は小脇に抱えられながらも一生懸命考えようとしましたが。

「おおっと、手が滑った」
「ギャアッ!?」

 楽しげな声と共に、道の側を流れる早い流れの沢に放り込まれかけ、その衝撃で疑問はすぐに消え去りました。
 手足に衣が絡まりながらも不自由な体制で重心を取り、目の前の白袴に取り縋って姫は青年をキッと睨み付けました。
 しかし青年はそんな姫を楽しげに眺めてひとしきり笑った後は素知らぬ顔で、姫を抱え直して再び道を歩きました。

「再びゴミとして捨てられたく無かったら、せいぜい大人しくしていろゴミ虫」
「………」

 返事の代わり青年の袴を一層強く握りしめ、ぎゅっと一文字に唇を閉じた姫の様子に笑いながら、青年はまた歩き始めました。
 その後も、腕一本に抱えられたまま、沢に点在する岩を跳躍で渡られる間に落とされかける事、実に数回。
 何処をどう通ってか密接する木々の梢の上を通る間も時たま腕の力を緩められました。
 いつ落ちるとも知れない恐怖から、衣に縋る度に感じる楽しげな気配を感じても、姫はその事に面映ゆさを感じる余裕など少しもありませんでした。
 やがて、二人の周囲から水の匂いが消え、木々も雑木から見事な竹林に取って代わり。

「着いたぞ」

 その竹林の終わりには、姫が今までに見た事のないような立派な御屋敷が広がっていのでした。
 姫もまだ年若いとはいえ都人ですので、誰其の御屋敷がどうであるなどという噂は女房達から耳にした事はあります。
 しかし、竹林に立つその御屋敷は、都で見聞きしたどの貴族の邸宅よりも、勿論、弥子姫の邸よりも比べ物にならないくらいに広く絢爛でした。
 こんな山の中に不相応な屋敷、もしや、都で噂に聞くもののけや鬼などというものが住んでいるのではないか。
 姫は、青年の脇に抱えられたまま、その直衣の袖を一層強く握り身を強張らせました。

「ちょっ、ちょっと……!」

 しかし、臆する姫なぞ気にも止めず、薮を抜けた青年は堂々と、その屋敷の門扉をくぐって行きます。
 そこには小さな小川の流れる広々とした庭が広がっていました。
 しかし、広さだけは他の貴族の屋敷の比にならないその庭は、最低限の木々以外、何の花も草もない殺風景なものでした。
 姫はふと、自分の部屋の前の庭を思い出しました。
 そこは春ともなると、春生まれの姫の為に植えられたという、桜や梅が沢山の花を咲かせたものでした。

「……勿体ないなぁ、折角広いのに……」
「フン、側室がいる訳でも、客人が尋ねて来るでもない家なぞこんな物だ。酷い家だとそこらの薮と見分けが付かん」

 独り言のつもりで発した言葉に返事があった事に姫が顔を上げると、青年が姫に顔を向けていました。

「ねぇ、ここって一体誰の……ぐへっ!」

 問いを発しようとした瞬間、姫は板の上に荷物のように放り出されました。

適当な用語解説:
女房=女性の世話をする部屋持ちの使用人。皇后様とか王女様とかのお世話が主。清涼殿以外の大臣や貴族の家にも多分居た……筈?

何故、扇の一つ、市目傘の一つ〜=平安の頃、子女が男に顔を見せるのははしたない事でした。なので多分、泣き顔とか見られたらとんでもなく恥ずかしい。
あと、時代劇とかに出る傘とか紗は、徒歩や騎馬の外出着なので、牛車で家から家に渡る時には要らないのです。


date:2008.12.28



Text by 烏(karasu)