寝てる間に…


・side Yako(真夜中〜)

映画館ごっこ


ほぼ意識に目を閉じた。途端に一瞬意識が遠退いて首がガクンと思い切り下に向く。
「ヤコ…もう、寝たらどうだ?」

目敏く気付いたネウロが、顔を覗き込んでくる。
いつものようにニンマリわらった目の端。その皮膚が、ほんのりと赤く染まっている。
「……ネウロこそ寝たら? そろそろ目が辛そうだよ」

仕返しにそう指摘してやったら、フンと鼻を鳴らし、拗ねたように横を向く。
……この意地っ張りドS魔人め。

電気を消した事務所、ソファの上。
二人で並んで座って、一枚しか常備されてない毛布に包まっている。
……一枚しかないのは、まさかこいつまでこういう物を必要とする日が来るとは思わなかったからだ。

室内に今有る光源は、ブラインド越しに差し込む月光と、時折通る車のヘッドライト。
そして、目前に置かれたテレビが放つ青白いブラウン管の光りだけだ。

「ねぇ、コレさぁ、何処まで進ん、だ……?」

腫れぼったい目を擦り、テレビを指差しながらそう聞くと、
隣でうとうとしていたネウロがハッとしたように目を開けた。
(時々、そういう仕草が少し可愛いと思えてしまうのは、奴隷として慣らされ始めている証拠だろうか?)
「……今、第一の殺人が起きた所だ…。ヤコ、見ていないのならさっさと寝――」
「コレ、人死なないし!普通で王道な恋愛物だからッ!!」

ネウロにしては珍しい、計算無しのド天然な発言に思わずツッコミを入れると、
ムッとした顔でまた目を反らす。そして、少し気まずい沈黙。
「……そうやって、起きながら夢見ちゃうくらいなら、無理しないで寝ればいいのに」

少し身を捩って背を向け、ソファの肘掛に頬杖をついてわざとらしく呟いてみれば、
背中に感じる、何やらもぞもぞと動く気配。毛布で首でも絞められるかと、背を向けたまま身構えたけど
どうやら疲れて体制を変えただけらしい。程なく聞こえる深いめ息。耳にかかってくすぐったい。

「無理など、していない……」

寝起きのように掠れた低い声。そのくせ言う事は、眠くてぐずる駄々っ子のよう。
そしてネウロはまた、押し黙る。
どうやら私の発言に対していつもの如く理不尽な報復に出る気力は、もう残っていないらしい。
……自分に与えられる暴力の強さと有無で相手の状態を把握するというこの癖も、どんなもんなんだろう?
うーん、慣れとは実に恐ろしい。


私は今、ひょんな事からネウロと賭けをしている。掛け金は『お互いの時間』。
私が勝ったら、丸一日の休みを貰え、
コイツが勝ったら……来週末は24時間こいつに付き合わなければいけない。
普段から馬車馬の如く働かされているのが、一体どうなるのか――考えただけでも恐ろしい。
それでも、つかの間といえ自由というものは、そんな馬車馬にとってはかなり魅力的なものなのだ。

でも私だってそこまで浅はかでも馬鹿でも無い。最初はちゃんと人間らしい理性を以って「お断り」した。

しかし、その次に付け足された条件
「場合によっては我が輩が貴様の言う事を聞いてやっても良いぞ」に思わず屈してしまったのだ。

そして問題の勝負の内容はというと、――

開始時間は日の出。審判はあかねちゃん。
朝、あかねちゃんに向かい、最初に『おはよう』を言った方が勝ちという、シンプル且つ比較的公平なルール。
……実にくだらないと、やっている自分達でも思う。思うけど、
決まって、尚且つ始まってしまった物は、もうどうしようもないじゃないか。

そしてこの勝負、約3時間で睡眠の足りるネウロ相手じゃ圧倒的に不利なのだ。
なので、寝ないで日の出まで起きているというシンプルで力任せな作戦に出た。

だが、その作戦は不覚にも、日が沈むより前にあっさりネウロに読まれ、
そのおかげで、こうして膠着状態のまま、意地の張り合いが現在もリアルタイムで続いている。
眠気を堪える為――ついでにネウロを退屈させさっさと寝させる為――に借りて来たベタな恋愛映画の数々も、
私の足をも恐ろしい程の力で引っ張って、抗いがたい眠りの世界に引きずり込もうとしていた。
(流石に「〜年のヒット作」ばかり三本も一気に観たらネウロでなくとも大体の展開が読める。てか、飽きる)


ぼやけた視界の中で、ヒロインの泣き顔がぐにゃりと歪む。そしてちょっと、遠くなる聴覚。
あ……っ、これはやばい、か、も。
思わず目を閉じると、身体に感じる軽い浮遊感とともに、意識が、段々と白く――
「い"っ!!」

いきなり肩に感じた鈍い衝撃と重さに、

眠りの底に沈みかけていた私の意識は一気に水面へと引き上げられた。
驚き咄嗟に左右を見回せば、私の右肩に額を押し付けて突っ伏している魔人の姿が視界に入る。
その状況に驚きつつ、そっと身体をずらせば、その頭は何の抵抗も無くドサリと、私の膝の上に落ちた。
「……ネ、ウロ?」

名前を呼んでも返事は無い。
なんとなく、憎たらしい程端正な顔に掛かる柔らかい金色の髪をそうっと除けてやる。
それでも薄い瞼は開かない。恐る恐ると唇に近づけた耳に聞こえて来たのは静かで規則的な寝息。
あれ……これはもしかして、私の完全勝利ということですか!?

喜びに震えそうになる身体を理性で押さえつけて小さくガッツポーズ。掌に食い込む爪の感触が
これが夢や妄想の類じゃないと教えてくれる。

さて、自由な明日は何をしよう?いや、何を『させよう』と言うべきだろうか。
それでもまずは――
「……おやすみ、ネウロっ」
完全な勝利を確信した私は、その満足感から思わずにんまり微笑んだ。


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date:2006.02.27



Text by 烏(karasu)