「不思議の国のアリス」パロディ、第一章


キャストのミスマッチと、ギャグ的なキャラ崩壊に注意!
 文体と展開の参考:集英社版『ふしぎの国のアリス』(北村太郎 訳)

ある日、うさぎに導かれ……


序章:

ある夏の午後、アリスは姉さんと近所の土手に遊びに来ていました。
最初は楽しく遊んでいたアリス。でもすぐに退屈し、さっきからずっと、隣で夢中になって本を読んでいる姉さんに話しかけました。

「ねえっ叶絵、恋愛小説の何が楽しいの?」
「うん、あんたには一生分からないと思うよ。……てかあんた、本なんて読むの?」
「失礼なっ、私だって本くらい読むよ!」
「ハイハイ、どうせ料理本か何かのたぐいでしょ? ……今、いい所だからあっち行ってて」

お姉さんは本から顔も上げずに、手でシッシとアリスを追い払いました。
「むうっ、失礼な! ……まぁ否定はしないけどさ…」

そんな悲しい独り言を呟きながら、渋々その場を離れ、木陰の斜面に座り直しました。

「あぁ、つまんないなぁ――っ!」
――空を見上げ、何気なく呟いたこの一言こそが悲劇の始まりだったのです。


*

第一章:

ガサガサガサ……。

「ん?」

ふと聞こえた音に、視線を正面に戻したアリスは、目前の草の中に、身の丈に合っていないジャケットを羽織って、時計片手に走る兎……もとい、頭に兎の耳を生やした、少年を見つけました。

「遅刻遅刻、遅刻しちゃう! そしたらまたアンに怒られて………!」

兎は走りながらそう呟くと、少し青ざめた表情で時計を見遣り、首を竦めて小さく震えました。

言葉の続きといい、彼の存在といい、アリスが気になる事は沢山あります。
だけど、アリスは(好奇心は旺盛な方ですが)中々しっかりした性格の子でしたから、そんな、あからさまに怪しい兎を追いかけるなんて馬鹿なまねはせず、気づかなかった振りをし、そっと視線を……――

「……追いかけて来なかったら、きれいな箱にしちゃおうっかな?」

兎穴の前で立ち止まり、にっこりと振り向いて無邪気に笑った兎の物騒な発言に青ざめ、アリスは、穴に飛び込んだ兎の後を追って全力で走り出しました。


*

「来てくれてありがとう!メアリ・アンっ!」
「……アンじゃなくて、アリスです。それにっ! 私別に来たくて来たわけじゃ……」 「いいじゃんそんな細かい事!そんなに緊張しないで楽にしててよ!別に俺は…あんたを取って喰おうてんじゃ無いんだから!」
「…………」
(さっきは、「箱にする」って脅したくせに……)

「ね?」と、無邪気な笑顔を浮かべた兎にこれ以上何も言う気になれなかったアリスは小さくため息を吐き俯いて、 足元に敷かれた、鮮血のように赤黒い絨毯と、表面に曇り一つ無いガラステーブル、そしてそのテーブルに映った、不安そうに眉を潜めた自分の顔を見つめました。

兎を追って土手の兎穴に入ったアリスは今、ガラス製の丸テーブルを間に挟んで当の兎と向き合っていました。
兎穴の中は横に長いホール状になっていて、高い天井には等感覚でランプが吊るされているし、壁には絵画等の飾りも有ってと、以外に快適そうな造りです。

それでも地下特有の空気がどうしようもなく冷たかったので、アリスは身を縮こまらせ、自分の華奢な肩を抱き締め震えていました。

「あれ……寒いの?じゃ、コレを貸してあげるね」

そんなアリスの様子を見た兎は、どこからか大きなショールを取り出して、震えるアリスに渡しました。
(アリスは体の震えを抑えるので精一杯でしたから、そのとき、兎の動きをちゃんと見ていなかったのです)

「あ…ありがとう……」

アリスは些か訝しみながらも、素直にソレを受け取りました。
(「素直で無邪気な所が、アンタの唯一にして最大の取り得で魅力よね…」と、いつもお姉さんに言われているような子でしたから)

「あ、ケーキ食べる?」
「え!? はいっ! 頂ますっ!!」
「じゃあ、紅茶もどうぞ」

これまたどこからか出てきたにんじんのパウンドケーキを、何の疑いも無く幸せそうに頬張るアリスに、兎はカップを差し出しました。
「あ……何から何まですみません」

流石にいささか恐縮しながらも、アリスは湯気の出るカップを素直に受け取りました。
「いいよいいよ!じゃっ、俺、もう行かなきゃだから。それ、お願いね!」
「……え?」

ぎょっとし、兎の指差すガラステーブルを見ると、いつの間にか扇が一つ置かれています。

「ソレを公爵夫人に届けて欲しいんだ。あの人ってば、俺に負けず劣らずに忘れっぽくて――」
「あっ、あのっ! 私引き受けるなんて一言も……」
「……食べたよね? ケーキ」
「!!!」
「……まさか、食べるだけ食べといて……断るの?」

くいっと可愛く首を傾げた兎に、可愛そうなアリスは何も言い返せません。
(普段人から「旺盛すぎる」と注意される自分の食欲をこれほど恨んだのは、アリスにとって初めての経験でした。)

「んじゃ、俺は女王様の所に行くから。あ、夫人の家にはそこの扉開けて真っ直ぐ森を抜ければいいから!」

黙り込んだ事を了解と取ったのか、兎はアリスの返事も聞かず、彼女に背を向け正しく『脱兎の如く』駆け去りました。
「えっ!? あ…行っちゃった……」

薄暗いホールに一人残されたアリスは辺りを見回しました。
兎の指差した方――兎の駆けていった暗闇とは逆側――はどうやらホールの突き当たりで、壁には確かに扉が有りました。
「あれ……? 何で私、こんな大きなモノに今まで気づかなかったんだろう?」

アリスは驚きに目を見開きました。
扉は、アリスの背丈くらいあり、滑らかに磨き上げられた表面に、ランプの光が反射して出来た金色の影がゆらゆらと揺れていました。
――まるで、おいでおいでと呼んでいるように。

「……しかたない、か」

アリスは覚悟を決め、冷たいドアノブに手を掛けました。


今回のキャスト一覧:
 アリス:桂木弥子 アリスの姉:籠原叶絵 白ウサギ:XI(サイ)
今回欠席のメアリー・アン:アイ


この頃はまだ、ギャグ路線のつもりで書いていました。


date:2006.09.14〜25



Text by 烏(karasu)