唱歌


リクエスト、ネウロサイド

自覚無く紡ぐ心。


ひゅるると、
喉を振るわせ――「歌」を吐き出す。
魔界にいた頃からのそれに、特に意味は無い。
たまに無意識で吐き出す音の羅列。
一つの種としての習性であり、ただの生理現象であるそれ。
だが――

 気付かれぬよう振り返り、見遣った先の少女の様子にネウロは目を眇める。
弥子はソファの背に頬を押し付け、瞑目していた。
膝に乗せた雑誌が落ちぬよう片手を添えて軽く押さえ、
もう一方の腕は脱力し、ソファの上にだらりと垂れている。
喉を撫でられた猫のようにうっとりと、音に聴き入っている表情。

この無意味な音の羅列に対し、どうやら少女は何かしらの意味を見出だし始めているらしい。

あの孤独な歌姫の紡ぐ音に、ノイズ混じりの古いレコードに。
果ては木々のざわめきや鳥の鳴く声にまでも。
人間がどんな思いを込めてそれらの音を聴き、また歌うのかは知らないし、知る気もない。
しかし、こうして聴かれているという状況、そして音を紡ぐという行為自体は決して嫌いではないと彼は思う。

 ひゅるる、
歌を発する。
淀んだ故郷の空に羽根を広げるかのように高く。
同じ空間に響く少女の小さな吐息と鼓動に、沿わせるようにゆったりと。
室内に、二つの音が重なって消えて行く。

心音に沿った音が子守り歌の役割でも果たしたのか、
少女はとろけるようにまどろみ始めているようだった。
朱い唇から吐き出される吐息が、段々緩やかになってゆく。

そのうちに、いつの間にか繰り返していた同じフレーズ。
覚え込ませるように、教えるように。
(貴様も、歌ってみるか?)
そう、問い掛ける代わりに。
何度も何度も。
「んぅ……」

小さく漏らされた呻きにふと見遣れば、少女は今や完全に寝入っていた。
雑誌は膝から滑り落ちかけ、薄く開いた唇から零れるのは規則的な寝息。
 その「音」に何故だか、拒否を吐かれたかのように感じた。
途端、無意識に低く沈んだ自身の「歌」。
(む……?)

 魔人は違和感に旋律を止める。
自分は、一体何に対する「拒否」を感じたのか。
今、無意識の旋律に乗った音は一体何なのか。
そもそも――何を許容される事を望んだのか。

「音」が消えた室内。
残ったのは、少女の寝息と小さな謎。

その真摯な歌声に応える術を少女はまだ知らず、

自身がいつも、無意識に歌へと乗せている想いの正体に、魔人は未だ気付いていない。


date:2006.12.27



Text by 烏(karasu)