愛着と空腹とは完全に一致しない。
それを証明したのは確か、
離乳の済んでいない数匹の小猿とその母を象った二つの形状の模型――一つは金属だけで出来た授乳可能な物、もう一つは毛布で作られた母の体温と同じ温度を保つ木偶人形――を使い行われた実験であっただろうか。
その実験に於いて子猿は、例え空腹が満たされることがとなくとも、温もりのある模型を選択したのだとか。
……瞼さえ開けられない程に身体が怠い。
それでも、頭に当たる柔らかな感触と、額に置かれた手の温かさだけは意識に伝わる。
――結局は我が輩も、動物ということか……。
心中で呟くも明確な答えは無い。だからといって、特に何かしらの解を得るつもりも無い……。
つまらぬ自嘲さえとろかす程に、今のこの空間は至極心地が良い。
「言う…ば、動物、の、本…のだ……」
この世のどんな生物よりも本能に忠実な魔人は、狭いソファの上で器用に寝返りをうつ。
抗いがたい眠気に掠れた上、聞こえるか聞こえないかの音量の声でモゴモゴとこの状況を自身に弁明するかのように呟く。
少女の滑らかな膝にその頬を軽く押し付けてうとうととまどろみ、
「全く……一々言い訳しないで、素直に甘えらんないの?あんたは……」
頭上から聞こえた、溜息混じりに苦笑する聞き慣れた高い声とやさしく髪を梳く手の感触をどこか遠くに感じながら。
草の上に引き倒されたヤコは血に濡れた服を剥ぎ取る我が輩に、特に抵抗を示さなかった。
その様につまらなさと違和感を覚えながら、赤い頭巾に手を伸ばした時、
「これだけは、残しておいて」
か細い声でそう言いながら頭巾を引っ張り、緩い抵抗を示した。
それを聞き入れず引き千切るもまた一興。だったのだが……その時の我が輩は、何故だかそれを許容した。
「罰であると自ら言った癖に、奴隷の抵抗を許すとは「恐ろしい狼」が聞いて呆れるな……。」そう自嘲する自身の耳元でもう一つ、自分の声が問いを投げ掛ける。
「貴様は前々から喰いたかったのではないか? 目前に転がるこの『肉』を。その無防備さを鼻先に突きつけられる度に渇望し、食す理由を探していたのではないか?」
「……煩い」
両方の声を振り払うように、乱暴に上着を脱ぎ捨てる。身体の下で、組み敷いた奴隷がビクリと震える。
見下ろせば愚かな獲物は真紅の頭巾を目深にかぶって震えていた。しゃくり上げるたび、その頬を生温い液体が伝う。
「……何を、泣く事が有る?」
あぐ。と。
狼は自身が露出させた、娘の首筋に噛み付いた。
ひぅ、と、か細く鳴る咽。白い肌に食い込んだ牙を引き抜けば、
白い肌からそっと離した口唇を滴る赤い色。
ふつりとわいた赤い珠を、紅い舌で乱暴に、べろりと舐め取る。
ぐいと噛み締められた口唇をこじ開け、蹂躙する。
鼻先まで赤い頭巾を引き下ろした娘は、口唇を開けてそれを受け入れながらも小さく震えていた。
唐突に、その茶色の瞳を覗き込みたくなった。
泣いてほてった頬に掌を寄せ、乱れた蜂蜜色の髪をかきあげて、溢れる欲望のままに味わい蹂躙しつくし――。
しかし狼はそれをしなかった。
娘との約束を守る気など、毛頭ないにも関わらず。
理由の分からない焦燥に駆られ、くちづけを更に深めて舌を絡め。
薄く目を開いた狼の視界は深い赤。
捲り上げたスカートに染み入っていた赤黒い色のような。
柔らく温かな、少女の唇の色のように。
押さえ付けている指に柔らかさを伝える真白い大腿をこれから流れ伝う――流させる鮮血のように。
広がるは歓喜。甘美な想像、鉄錆のにおい、あたたかさ。
血に、糧に飢えた狼は、乾いた喉を鳴らし、くつくつと嗤った。