嘘を教える


エイプリルフールにフリーで配布していた物の手直し。
今回も、4/1までお持ち帰り自由となっています

嘘つきは虐待の始まり


時にヤコよ、貴様はとある地方に代々伝わっている子猿の伝統的な狩猟方を知っているか?
ほう、それがどうしたのか? と。
まぁ黙って聞くが良い、そう長い話でないし、鶏のような頭をした貴様にも理解できる程度の話だ。

農業も碌に出来ぬような山岳地帯に有るその村は代々、猿に芸を仕込み、その見せ物で事で生計をたてていた。
それにはまず、芸を仕込む猿を捕まえねばいけない訳だが、何せ貧しい村なのでそう大層な罠も一々仕掛けていられない。
それで編み出されたのが、件の狩猟方法ではないかと言われている。

ならば、それはどんな方法なのか、と? なぁに――とても簡単だ。
猿の生息しているその山の麓に、真新しい子ども用の靴を一足置いておく。ただそれだけでいいのだ。

猿、特に子猿というのは貴様と同様、好奇心の大きさと比例して頭の足りない生き物でな、人間というものへの興味が何より強い。
故に、その靴を見ると、危険や違和感よりもまず、『人の真似をして履いてみたい』という欲望が頭をもたげる。
欲望に従い靴に足を通した次には、これまた人の真似をして『靴を履いたまま、一歩でいいから歩いてみたい』等と考える。

そうして次の欲望に負けた結果まず一歩。と、足を踏み出す。
しかし、経験というものに貪欲な生き物のこと。その程度では満足出来ず、更に一歩、また一歩……と歩き始める。

そのうち、歩くという行為自体に夢中になり、歩き易い道を選択して行くうちに、
気付けば歩き易く整えられた人道を選んで山を降り、そのまま道なりにすすみ、人里近くまで降りてきてしまっている。

そのことにふと気付き、見慣れない景色に後悔した時にはもう遅く、罠を仕掛け待っていた人間に捕まり、
見慣れた山の木々の中にも、同じ群れの同族の元にも帰れずに、猿はただ、自分の愚かさを悔いるばかりだと言う。
 どうだ、中々に面白い話だとは思わないか?

ふむ……。何故我が輩がそのような話を貴様にしたのか、未だ分かっていない様子だな。
フハハハ、良いだろう、きちんと解説してやろうではないか!
せいぜい心の広い主人に泣いて感謝するが良い。

端的に言ってしまえばこの話、本当に猿を捕らえようという目的に出来たものではなく、
貴様のような愚か者に、少ない労力である種の教訓を教え込ませる為に作られた、一つの物の例えなのだ。

例えばこの話を、こう考え直すとどうだ?
『子猿は靴によって喚起された欲望と資質によって、誰の所為でもなく、自ずからの責任で後戻り出来ない境地へ進んだのだ』と。

そしてこの場合の靴とは、『欲望に力を与えるもの』。
想像力の圧倒的に足りない貴様にも解るよう、何か具体的な物に例えるのなら――
おお、そうだ『自己の中に眠っていた才能』等と言えば、分かりやすいか? 

『人』が一度その存在に気付かせると、『子猿』はそれを更に高めようという欲望を抱き、そのために自ずから歩を進める。
その先に何があるのか考えもせず、進ませた相手の思惑に気づかぬまま、唆されて一歩、自身の力に手応えを感じ一歩、また一歩と――

む? ヤコ、一体何処へ行くつもりだ。まだ話は終わっていないぞ。
何? そういうあんたは、一体私をどうするつもりなのさ!? だと。
いいから、座れ。……脚の間は嫌、か。なら隣で構わん。

全く、貴様は暦さえ数えられぬのか。困ったものだな……。
貴様が持ち歩いている携帯にも書かれているだろう? さぁ言ってみろ。今日は何月何日だ?

――宜しい。
本日は旧暦では衣替えに当たる綿貫、さて、またの名を……?
おぉ! やっと気付いたか。流石は毛虱。頭の回転が猿よか遅いな。

その小さな頭に、僕が先生を楽しませる為に用意したユーモアを理解するだけの脳細胞さえも詰まって無いだなんて、お可哀相に……。

ほう、あんたの冗談が冗談に聞こえないのがいけないんだ! と? 随分な口を聞くようになったな。
 悪いのはその頭か? それとも――この、左右によぉーく伸びる減らす口か?

えっ、いはぃ、ひゃめて? フハハ、何をおっしゃっているのか僕には全然さっぱりですよ、先生っ!

全く、本当に呆れるほど学習能力の無い奴だな、貴様は。
まぁ、だからこそこんなに一々面白い反応を返し、それが我が輩、愛しくて溜まらなくなるのだろうがな。

む、どうしたヤコ? 顔が赤いぞ。
ふむ、そんな事言われても信全然じられないし、嬉しくないんだから! と?

……ヤコよ、どうせつくのならもっと、マシな嘘をついたらどうだ。
今日ばかりは、その頭に脳の代替におからが詰まってると言われても、我が輩、素直に信じてしまいそうだぞ。


というお話だったとさ(略)
こういう、一人称未満の語り口に挑戦したくて書いた話。
行事が大好きで甘えっこで、ヤコヤコうっさいのも、魔人様の可愛い所だと思う今日この頃。
小猿の話には、元になる民話やら故事成語が有った筈なのですが、例によって原典が見つかりませんでした。


date:2006.04.01
手直し:2008.03.24



Text by 烏(karasu)