都心から離れた小高い丘に位置する住宅地、とある家屋の庭先。
計算されたジグソーパズルのように隙間無く並ぶ前後左右の家々によって長方形に切り取られ
蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線によって何分割にも分断された青空を縁日の綿飴のように柔らかい
あるいははテーブルに零れたクリームのように薄い雲がゆったり流れて行く。
まるで、この家自体が雲に乗って空に浮いているような錯覚をも起こす程に。
手を伸ばせば届きそうな四角い空に、そっと右の手を翳してみる。
空を掴んだ僅かに汗ばむ掌を、僅かな春風がすり抜けて行った。
――本当に、文字通りの「箱庭」だなぁ。
のったりと、向かいの屋根に流れて行く雲を見ながら縁側に座りぼんやり空を眺め、そんな事を考えていた弥子は、不意に背後から乱暴に頭を掴まれて悲鳴を上げた。
「いだっ!!」
「先生っ、調べ終わりましたよ!」
弥子の頭を掴んだまま、朗らかな声でそう言うネウロ。
向ける表情はにこやかでも、頭をギリギリと締め上げる手の力は『早くしろ奴隷』と言っている(ような気がする)。
座ったまま、ぎこちなく首だけで振り返り、背後の部屋を見遣る。
どうやら死体は既に運び出されて現場検証や片付けも終わった後のようで、警察関係者が忙しなく狭い和室を動き回っていた。
――そう、縁側なんかで平和ボケしてないでしっかりと――現実をみなくちゃいけない。
此処はもう穏やかな箱庭なんかで無く、魔人ネウロが飢えを満たす為の舞台なのだから。
弥子がこうして座っていたのは悠長に雲を観察する為では勿論無く、魔人流儀の『テーブルセッティング』の終了を待つ為だった。
何故、魔人が待つことを許したのかと言えばは、本日のメインデッシュを解体した得物がナイフを筆頭とした幾本もの刃物類で有った事と、
その「解体現場」も無作為に抉り出し、切り取られた肉片と使ったままの状態で打ち捨てられた刃物類が子供の仕舞い忘れた玩具のように部屋中に飛び散っているという、
「暫くハンバーグが食えなくなる」と、その道のプロ達に言わしめるほど酷い有様であり
そしてそれは――つい数ヶ月前、弥子が父との別離を経験した場所によく似通っていたから。だと思う。
というのも、弥子はここへ来て最初に魔人の背中ごしにちらりと現場と死体を見遣っただけで、
その直後に「邪魔だ」の一言と共に猫の子のように襟首を掴まれ、後は問答無用で屋外に放りだされていた為に、現場や凶器について余り詳しい事は知らないのだった。
果たしてこの魔人にそんな気配りなどするだろうか?とは勿論思ったが、まぁ思うだけなら自由だろう。と、開き直ってしまう事にした。
「……で、調理の方はもう終わらせて来たの?」
自分の両肩に手を置いて、涎を垂らさんばかりに口元を緩めた魔人を見上げ小声で聞けば、
「はいっ!!」
と、主人を前にした忠犬のような、思わず頭の一つでも撫でてあげたくなるような「良いお返事」が返ってくる(きっと、ついそんな事を言ったたならば問答無用で殺されてしまうだろうけれども)。
弥子はネウロのその様子に呆れてふぅと一つ溜息を吐きを吐いた後、「さぁ仕事だ」と軽く腕を回し、ついでにもう一度空を見遣った。
均等に並んだ家々の屋根よりも、青く広がる空よりも遥か上、現在本物の「箱庭」に居るであろう父を思い浮かべ、そっと目を閉じる。
――今日逝く人とは、仲良くなれるかな?
「む、何か言ったか?」
既に弥子から離れ、部屋に足を踏み入れていたネウロが、訝し気に振り返る。
「ううん、何でもない」
弥子はにこやかに笑いそう答えると、縁側を渡り、ネウロを追い掛け小走りに、
ひんやりとした畳を踏み締め、薄暗い室内へと入って行った。
――願わくば、闇の温かさと優しさを知ってしまった私が決して行けないその場所が、
今日も明るく平和で晴天で有るといい。
映画のラストみたいに爽やかなオチにしたかったらしいよ(他人事)
こじつけ?オチが意味不明?何の事です?