気付くと私のお腹には、一株の鳳仙花が根付いていた。
それがいつからなのかは全く見当が付かなかった。
(もしかしたら、幼い私がその貪欲な食欲に突き動かされて飲み込んだ鳳仙花の種が
今更発芽したのかもしれない)
とにかくは、気付いた時にはもう手遅れだったのだ。
そいつは私の内蔵にしっかりした根を落して、赤く艶やかな花を咲かせていたのだから。
滴る血のように、赤い…あかい…花……を。
綺麗に咲いたその花は夕日に透ける深緑の葉で、しゅるり。自分の茎を撫でて見せた。
そうしたら、その華奢な茎に小さな若草色の実が一つなった。
その光景に驚く私の耳元に愛らしい花びらを寄せて、赤い鳳仙花は言った。
『この実がおもいっきり弾けたら、貴女、一緒に破裂して死んじゃうかもね』
クスクスと私を嘲笑するように、耳元で揺れる赤い花……あか……血の、色……。
私はそれを想像してガタガタと震えた。
理由は分からないけれど、ただ怖くて、怖くて。
そうならない為にはどうすればいいのかを、花の茎にすがり付いて聞いた。
『簡単な事よ。私とこの子を守って。誰にも……どんな人にも触らせないで』
赤い花は少女のように艶やかに笑った。
『誰にも……言っては駄目』
花はにこやかにそう言って。その濃い緑の葉で、そっと私の口を塞いだ。
私はそのせいで、大好きな御飯が食べられなくなった。
それでもどうにか主食だけは口に入れ続けたけれど、それ以外――特にお肉はどうしても駄目だった。
牛でも豚でも魚でも。赤い、あかいちのいろはのみこめなかった。
食事をしないせいで、日々窶れる私。心配した誰かが「大丈夫?」と聞く度に、
花は私の冷たい頬を優しく撫でて。カサカサに乾いた喉を震わして「大丈夫」と答えさせ続けた。
その日の朝も、花は口を塞いでいた。だから大好きなフルーツケーキがたった半分しかたべられなくて。
膝を抱えて壁に寄り掛かる私の頬を撫で続ける花はただ、『大丈夫』を繰り返していた。
お腹から生えるその花はその時すでに、私と同じ大きさにまで成長していた。
『何故泣くの?』
「全く分からない」とでもいう風に。『でもね―─』
そんな私の気持ちにはお構い無しで、彼女の言葉は更に続く。
『――それが無かったら、私もこの子も産まれなかった』
無邪気に種子を撫でながら、笑うその姿がとても憎たらしくて。
私は、未だ見付からない犯人に対する憎しみを、その花に重ねた。
その人もきっと、同じように笑っているのだ。自分の家族や大好きな人と。
赤い唇を震わせて、無邪気に。
……ちなまぐさい。きもちわるい。
のみこめない、しょうかできないあかいいろ。ちのにおいとげんじつ。
――吐き気が込上げ、視界が滲んだ。
袖で溢れ出るものをぐっと押さえる。顔を、口を、涙を。
『だからね「貴様は泣くのでは無く笑うべきだ」
甲高い花の声に、心臓を震わすような低い声が背後から重なった。
驚いて振り返っても、そこにはだれも居なかった。
「なんだ…空耳か」
安堵の溜息と共にそう小さく呟き、再び正面に向き直った時、そいつは確かな存在感でそこに居た。
現在の私は多分、あの花よりも厄介で無邪気で。そしてとても美しい物に捕まっている。
結果から言えば、あの日の朝から私の前に鳳仙花は現れる事は無くなった。
正確には、ネウロに引っ張り回されているうちにいつの間にか。
そう、私は死なずに済んだのだ。
けれど彼女は、完全に消えた訳では無いようだ。
その証拠に、この魔人はごくたまに、私のお腹をその細い指で撫でて「まだ、大丈夫か?」なんて聞いて来る。
いつもと違った優しい声で。お腹を減らした獣の笑みで。
その度私はにっこり笑って、「全然平気!」と答える事にしている。
そして、そんな事を思うとこの傲慢な魔人も、未だ私の何処かに有るだろう花さえも、
何故か、とてもとても愛しい存在に感じてしまうから不思議だ。
こいつに捕まった、今の私と、『狂気』という名前の赤い花に捕まっていたあの日の私。
一体どっちが、より愚かなんだろう?
いつかこいつに聞いてみたいような、永遠に『謎』のままがいいような……。
「私の子どもで貴方のお腹をみたしてあげる」
取り合えず、遭遇前夜ということになってます。
自分で書いててたのしかったです。
書いていた時、一巻を友達に貸し出していたので、詳細が微妙に間違っています。
それではお粗末様でした。