オーアール


one room


元々が、一人で住むには広いマンションであり、その中でもリビングは特に、特別広く取って有る。

買った当時の自分がそういった場所に、家族の団欒に飢え切っていたからなのかといえば――「そう思えなくもない」、程度が適切なんじゃないかと思う。

その時、愛情に飢えてよういまいが、今の時点で実際に一人での生活が成り立っている以上、そんなのはもう、どうだっていいのだから。

それは実際、現在の匪口にとっては確実に、取るに足らない問題であった
食事は外食で済ましたり、たまに家で食べる時も仕事部屋で摂る事が多いので、置いてある家具なんて、テレビや2人用のソファといった物くらいの、
かなり広いはずのリビングが、妙に狭く感じられる、というこの状況下では。



左肩に感じる重さと熱に、五感がずっと働き続け、延々と違和感を訴えている。

耳に聞こえる、ゆっくりと規則的な吐息ばかりに意識が向くせいでさっきから、観ている内容が全く頭に入って来ない。

長い時間、床に直接座っているので身体の節々が痛く、不安定な重さを支える為、変な所に体重がかかる。
ふと壁にかけれた時計を見上げれば、この姿勢のまま、すでに一時間は経っていた。
――体力的にも精神的にも、いいかげん、辛い。

匪口はテレビから視線を外し、違和感の大元の方へ顔を向けた。

「……なぁ桂木」
「んぅ……なぁ、に?」

彼の肩に背を預け、膝を抱えて座っていた弥子は、間延びした声で呼び掛けに答えてこちらを見上げる。
その目尻にうっすらと滲んでいた涙を見咎め、匪口は軽く眉をしかめた。
「お前さ、今、絶対寝てたろ?」
「寝て、ません―…っ」

頭を上に傾けこちらを見上げた姿勢のまま、弥子は自身の膝に回した手を緩め、抗議するように体重を預けてくる。
「あ−ハイハイ……」

細い髪が腕に擦れるのに擽ったさと共に理由の分からない歯痒さを感じ、それをごまかす為に、匪口は再び、テレビへと視線を移した。
「……で、映画…はどこまで進ん、だの?」
――途端、控えめな力で服の袖を引っ張りながらの台詞に、心底脱力して、背を丸める。

やっぱ、寝てたんじゃねーかよ……。

と、溜息混じりに吐き出しかけた言葉が、舌先で止まる。

見下ろした、先程より更に姿勢を崩し、引き寄せた匪口の腕に頬を擦り寄せ、うとうととまどろむ様子と――床の上に無防備に伸ばされた細い大腿に、思わず目を奪われてしまったせいで。

「……はあぁぁ…」

そして、匪口は視線を再び単調な液晶画面へと移る事で弥子を完全に視界から追い出した後、ゆるゆると嘆息を漏らした。



――こんな状況へと陥った原因は、今から1時間程前に遡る。

新作の映画を借り、「見に来ないか?」と、学校帰りの弥子を上手く誘い込んだ所までは良かった。良かったのだが。
「じゃあさ、早速見よう?」

部屋の中へと通した彼女はそう言って、フロアマットの上に、膝を揃えた正座を崩したような格好でぺたりと座り込んだ。

ソファが有るのになんでわざわざ……。と、聞いた所、部屋ではいつもこうしてるから、この方が落ち着くのだ。との返事。

日常の癖や習慣というものは、意外とそんなものなのだろう。と、特に気せず、とりあえず彼女の隣に座った。途端、肩の上に微妙な重さが乗る。

驚いて、思わずそちらに顔を向ければ、匪口の様子を、恐る恐ると伺うような、大きな瞳での上目づかいと視線が合ってしまった。

「こうしてると、更に落ち着きが増すんだけど……やっぱり、ダメ?」

 一体それはどこの誰と居て身についた習慣なんだよとか、色々突っ込みたい事はあった。あったのだが。
そんな事を口にするよりも前に、匪口の首は勝手に頷いていたのだった。


その瞬間の、完全に安心しきった笑顔はハッキリ言ってかなりの反則技だった。
なんていうか、かなりキた。……いや、ドコにかなんて言わないけど。

でもそれは自分だけのせいじゃ無いだろ、絶対。
だって…スキンシップにしたって、コレは些か刺激が強いだろにさ。普通、何とも思っていない男には、絶対しない程度には。

なんてちんけな妄想が、頭を過ぎっていったりもする。



そうして延々、獏全とした思考を逸らして耐え続るうち、映画はやっと終了の兆しを見せ始める。

――事件を終息に導く、主人公のお決まりの台詞。耳なじみの良いBGMを背景に、それに答えて微笑むヒロイン。

そうして画面は段々とフェードアウトして舞台全体を写し、暗転。

真っ暗な画面に、歌と共に流れるスタッフロール。

映画と同じく、漸く訪れた現状の終了に安堵し、思わず気を抜いて、行った軽く身じろぎが悪かった。
匪口の肩の上で、ずるりと重心が移動した身体は、そのまま崩れるように胡座をかいていた膝の上へと落ち着いて、
「あ、ちょっ……!」
「ん……うぅぅ…」

狼狽する匪口をよそに、弥子は膝に頭を預けたまま寝返りをうち、膝を畳んで猫のように身体を丸める。

流石に起こそうと咄嗟肩に手をかけたが、弥子は幼い子どものようにむずがって更に身体を縮め、ついには匪口の右膝を完全に抱え込み、大腿に頭を置く状態になってしまった。

状況といい彼女の頭の位置といい。自身の限界という状況も含め、状況はかなり切迫している。
こうなれば、無理矢理引きはがしてでも起こすべき。なのだが、

溜息と共に、片手をかけた小さな頭。
手のひらを乗せた後頭部の、指に絡んだ髪の柔らかさの心地よさを感じた途端、何故だか全部、どうでも良くなってしまった。

  「……なァ桂木、普通はさ、男女逆じゃないか?」
「ん、んぅ…っ」

呟いた言葉に答えるかのように、にへらぁと、相好を崩した寝顔に、胸の中が妙に生温く、そして変に切なくなった。



昨年秋頃に書いた物に、漸く加筆と修正をしてみました。
純情少年(笑)な匪口を書きたかっただけですが……う―ん、微妙。
因みに、タイトルの元ネタはムックの「1R」。です。


date:2007.06.13



Text by 烏(karasu)