絶望キネマ


シックスの語りでサイアイ

過去の鼓動はカラカラと――


さて、今から私が君たちに向けて上映するのは、古き良き時代の情緒を伝えるもの、端的に言えば、フィルムに焼かれ、映写機によって投影されるモノクロの映像だ。

ある瞬間の連続であるソレには、色もなければ声もない。なので、発明者である彼ら先人をまね、私が口上を述べさせてもらおう。

君たちはただ、語る私の声と――カラカラと回るフィルムの、懐かしくももの悲しい音に耳を澄ませ、事実を取り込んでいれば、それでいい。

断片でしかないこれによって何かを思い起こすのはこの映像の当事者の、過去を伝える資料として参照し、これから何かを考えるのは私たちの残した世界に蔓延るであろう後人達の役目なのだから。

映像の舞台はとある一室。日本ではメジャーな宅配業者の段ボールの乱雑に積まれた様子は、舞台が日本であるという事と、この場所が、これからどこかへと出る準備をしている、あるいはどこからかの移動によってたどり着いた時間に有るのだと我々に気づかせる。

同じようにしてよくよく眼を凝らし観察すれば、画面の上部、天井近くにある小さな長方形の窓から僅かに覗く真っ直ぐの地平に、この部屋が半地下に位置するということが、更に、そこから見える木の葉の形や様子から、秋の頃だという事が読み取れるだろう。

そして――これはわざわざ私が解説する必要もないね。見た通り、この画面に映っている人間は、乱雑に積まれた段ボールの一つに腰掛けて、長い髪を梳かす女がただ一人。

朝の支度の途中なのだろうか。それとも、どこかへ出掛ける身支度だろうか。その細腰の下半身こそは、膝より丈の長いスカートと細身のブーツに包まれてはいるものの、上半身はそのかっちりとした様子に似合わないようなもの、レースの飾りが付き、
下と比べて露出する場所面積が多いノースリーブからはすらりとした白い二の腕が伸びている。

華奢な円い肩から落とされ直線を描く髪に横顔は隠れ、我々からは、短く真っ直ぐに切りそろえられた前髪の様子だけが確認出来る。

天井の窓から、照明のように切り取られ、部屋へ射す秋の光の中、けぶるように美しい髪を梳く乙女。
 あぁ、この画面に白と黒以外の色があったなら、一体どんなにか素敵な光景だったろうか。
しかし、色彩は想像する我々の心の中と、実際にこの映像と撮った本人の瞳を通した記憶にしかないのが惜しい事だ。

さて、髪を梳き終わった彼女は、その櫛でもって髪を掬い、均等な二つの束に分けて肩から垂らす。
一時的に耳の後ろへと流し、それぞれの二カ所を乱れないよう紐で結う段になって初めて、我々は漸くその美しい横顔を拝む事が出来る訳だ。

その膝に乗せていたジャケットを羽織って首もとまでのボタンをきっちりと留め終わってやっと、彼女は我々の――撮影者の方へと顔を向ける。

眉を潜めて小さく溜息を吐いた、その唇を読んでみようか?
『さっきから、一体何をなさっているのですか? サイ』

女は立ち上がり、こちらへ歩み寄る。
 その黒目がちの瞳が我々に向かって小さく見開かれ、その口から再び小さな溜息の吐かれる迄の間に、こんな台詞が聞こえて来る気がしないかい?
『なぁんだ、気付かれてたんだ』と。
『気付かれていたも何も……』

画面の前まで歩み寄った女がかがみ込み、じっとこちらを覗き込む。
『こんな大きな物を向けられたら、誰でも何かしらの気配は感じると思いますが……』
『一体どこから持ち出したのですか? 旧式の、8ミリカメラなんて』

視線を画面より上に戻した女は数度うんうんと頷き、『そうですか』。そしてこめかみを人差し指で押さえ、再びの、今度は若干抑えぎみに吐かれた溜息。

おそらくは、『その辺から持ってきた』なり『欲しいから壊しちゃったんだ』なりの、彼女を呆れさせ、脱力させるに然るべき答えが返って来たのだろう。

唐突に傾いた画面は一瞬天井を写し。再び彼女の方へ戻った時には、小刻みに揺れるその端で段ボールの上でパタパタと揺れる素足。

恐らくは、その脚の持ち主である撮影者が、その肩にカメラを担いだのだろう。そうしてそのまま、さも愉快という風にクスクスと笑い……といった具合だろう。

『……ところで』

その様子に、すぅと眼を細めた女の薄い唇の端がふわりと上がって小さく動き、同時に、画面の端で揺れていた脚もその動きをやめる。
『サイ、貴方は知っていますか? ハンディビデオと8ミリフィルムの大きな違いを』

途端、ブンブンと激しく揺れた画面に向かってのばされる細腕。
動きを止め、彼女を見上げるような角度に固定された場所に、段々と近づくその指先が大写しになって、我々の覗くこの画面を――すなわち、カメラのレンズをぴんと指先で弾く。
『磁気によって記憶し、焼き直しと編集の比較的容易なビデオと違って、フィルムは瞬間の制止画――つまり、
コマ送りで撮った写真をネガとして現像する事で初めて、映像として完成するんです。だから、フィルムはビデオと違って基本的に完全なやり直しはきかないのです』
 

唐突に、今度は木の床を映す画面。一瞬の激しい場面転換の後、再び撮影者の膝に抱えられたらしいカメラは、撮影者に被さるようにして背を真るっめた女の胸元だけを見上げるように写す。

そのようにして、カメラには記録されない画面の外、【彼】の頭の後ろへと向かい手を伸ばした彼女の唇は再び動き、こう言うのだ。
『でも、それこそがそうして残された映像に、デジタルで刻まれるソレとはまた違った魅力を持ち、だからこそソレは――資料としての価値へ更なる付加価値を付け、後の人々に尊ばれるものになり得たのだと私は思いますが』

そうして画面は最後にゆっくりと下方を向いて、そのまま暗く沈む。
 果たして撮影者は最後、彼女の言葉に項垂れたのか、それとも全て同意であると頷いたのか――画面の外に立つ我々には分からない。

 

――ははは、どうだい葛西。ちゃんとあの子の記憶の断片と一致したろう?
 仲間がアジトだった場所のうち一つから押収したフィルムなのだがね。中々の傑作だと思わないか?
 我々には想像も及ばない、監視から逃れていた間の、あの子の生態や生育を知る資料としても、一人の女とあの子の交流の記録としても。

 ――なぁ、君たちよ。これをあの子に見せたら、一体どんな反応を示してくれるだろうね。
彼女の言の通り、灯りに透かせば像を結ぶ、コマの一枚一枚に彼女が動く様を複製し、写し取ったこの尊ぶべきこの『幸せな記録』を。

きっと、涙を流し、声を嗄らして喜んでくれることだと思うのだが。


なるべく、無声映画を見ている雰囲気になるように意図的に情報を制限したつもり。でも出来てないと思う。
サイアイのやり取りは勿論のこと、子供に構わずにはいられない当主様にも萌えて頂ければ幸いです。


date:2008.05.22



Text by 烏(karasu)