牡丹雪


ある冬の日の話。


夕方、外は霙が降っていた。
ポタポタと庭木の枝が鳴る音を、子どもはまどろみながら聞いていた。
俯せになり身体はスッポリとこたつの中に。そうしてその小さな頭を、母親の膝に乗せて。

「ね、おかあさん」
「ん、なぁに?」
子どもが呼び掛けて見上げると、母親は微笑み子どもの眠そうな顔を覗き込む。
その拍子に、母親の持つ淡い色の髪が肩口で揺れた。
蛍光灯の明かりに透けしゃらりと鳴る髪の毛を、子はぼんやりと見つめる。

「おかぁさんの髪は、とても綺麗だねぇ―」
感心したようにそう言った後に、もっと伸ばしたらいいのに。と、モゴモゴ口の中で呟く。

「癖が出るから、そんなに長く出来ないのよ……」
母は子供のようにあどけなく笑い、トントンと、軽くまどろむ子の背を叩いた。

「おとぅさんも綺麗だよね……カナリア、みたい」
母の膝に頬を押し付け、今にも寝入ってしまうかのような声色で呟く。
それを聞いた途端に母親はクスクスと笑い出し、その細い身体が小刻みに震えた。

「カナリアかぁ―……まぁっ、もともとが……とり、だしね」

「も―っ、そんなに笑わないでよ―」
自分が笑われたのだと思った子は顔を上げて母親を睨み、不機嫌な声をあげる。
母が済まなそうな顔を作り、「ごめん」と一声謝ると、
子は満足そうに笑んだ後、今度は少し悲し気に顔を歪める。

「……私も、きれいな色の髪の毛が良かったな」
沈んだ顔のままそう呟き、ポスッと膝に顔を埋める。
一瞬驚いた顔をした母親はふっと僅かに笑み、その雪のように白く細い指で子の柔らかい髪を梳き、
諭すようにゆっくりと話し出した。

「あんたの髪も凄く綺麗よ。真っ黒で、艶が有って真っ直ぐで……まるでカラスの羽根みたい」

「……それって、あんまり嬉しく無いっ!」
顔を上げ、子はふて腐れて頬を膨らます。

「アハハ、ごめんね。でも――」
母親の手はそのまま子供の頬に延び、そのままそっと撫で上げる。

「その目の色にはとても良く合うわよ」
本当、父さんそっくりの色よね。と、付け足しにっこりと笑う。
それで満足したのか、子供も大きな翡翠色の瞳を細めてにっと笑った。



霙はいつの間にか雨に変わり、ザアザアと庭木の枝を鳴らしていた。
(やっぱり、積もらなかったか……)
弥子は日の落ち、すっかり暗くなった窓の外を見遣り、その事を少し残念に思った。
子供は弥子の膝に頭を預けたまま、子猫のように身体を丸め、規則正しい寝息を立てていた。
その柔らかな黒髪をそっと撫で、弥子は目を細める。
と、背後に人の気配を感じ、ぱっと振り返った。

「……お帰りっ!」
弥子は少女のように柔らかな笑顔で、いつの間にか部屋に入って来ていた夫に笑いかけた。


ついにやっちゃった親子物。
子供は娘のつもりで書いてましたが、男の子でも話が繋がるので、お好きな方を。
個人的に、弥子ちゃんはいいお母さんになると思います。


date:2006.03.06



Text by 烏(karasu)