嫉妬心




全ての家具がアンティーク調に統一された広いリビング。
その中心に置かれた豪奢なソファに所在なさ気に座る、制服を纏った、女子高生の後ろ姿。
結果として自分が作った物で有るが、その光景は素人が書いた下手な抽象画のように
現実味が著しく欠けている。
――尤も、何かが「欠けて」いることに関してとやかく言う資格など、
始めから全てが「欠けて」いる自分には無いも同然なのだけれど。
そんな矛盾に彼は思わず苦笑する。

抽象画とは、人の心を一番素直に現した芸術の形なのだとよく言われる。
実際色々と観察していても、普通の絵画よりもは強く「流れ」を感じられるのも本当だ。
それならば、と、彼――XIは自身に問う。
この不協和に支配された空間は、一体誰の内面を映し出した絵画なのだろう?と。

近づいて観察してみようか?
ばらばらにしてしまうより前に。人の細胞や、物の流れを視るかのごとく丹念に。
――そう思った時既に、XIの両手は、弥子の座るソファの背もたれに伸ばされていた。

背に立つ気配を察したのか、唐突に少女は振り返る。
いきなりかち合った視線に宿るのは困惑。現状に、彼自身の存在に……様々な要素が交じり合って。
濃い、なのにそれを作る一つ一つの色彩は澄み切った――。
「あっ……お帰り、なさ、い?」
彼女が咄嗟に発した場違極まりない台詞にXIは思わず吹き出した。
「アハハ、あんた面白いねっ!この状況で俺に挨拶だなんて」
笑われた少女は、そこでやっと自分の発言の異に気付いたらしい。
大きな眼を見開き、桜色の唇をキュッと噛み締め、白い頬を赤らめて下を向く。
色合いの濃さをそのままに、瞳の色が僅かにくすむのをXIは見逃さなかった。

そう、それでいい。
と、心の中でほくそ笑む。
やはり最初――初めて出合った廃ビルで感じた通り。
羞恥や絶望の方がこの少女にはよく似合う。
自分を拉致した人間にも、人外の魔人へも。さっきのような優しい表情を浮かべる必要は全く無いのだから。

「ここの感想はどう?」
表面だけの無邪気な笑みで笑い掛け、ソファの隣に腰掛ける。
「……マンションの一室とは、とても思えないです」
俯いていた少女は顔を上げ、それでも彼とは決して眼を合わせずに、視線を窓に向けながらおずおずと答えた。
「そりゃまぁ。勝手にいろいろして有るし、けっこーこだわってるからね」

言いながら、目前のテーブルからティーポットを取り上げた。
「ね、お茶のおかわりは?」
問い掛けると、やはり視線は逸らしたまま、無言でカップを差し出して来た。
「はい、どうぞ」
紅茶を受け取ったカップに注ぎ手渡す。その際、わざと首を傾け、顔を正面から覗き込んだ。
彼の仕掛けた不意打ちに、少女は肉食獣と対峙した小動物のようにビクリと身体を震わせた。
「要らないの?」笑って意地悪く聞けば、
「要ります」と、短く返事をし、少女はカップを受け取った。


「君は、俺に何か質問有る?」
「……私は、いつ頃家に帰れますか?」

フーフと、熱い紅茶を冷まし、カップに視線を注いだままで少女は答えた。
その言葉に、先程までの彼に対する恐れは無く、丁寧な口調ながらも裏からは
彼女が持つ確固な意思が透けて見える。
「……帰れると、思ってるの?」
「はい。少なくとも、そうするつもりではいます」
カップから顔を上げ、今度は彼としっかり眼を合わせて凜とした声で返事をする。
――つまらない。
「……でもさ、君が無事に帰った所で、あいつは何も言わないと思うよ」

優しい声で、少女が一番傷つくであろう事を言ってみた。
「……確かにネウロは何も言わないと思うけど、今、絶対に淋しがっていますよ」
少女はそこまで言って、ずっと持ったままでいたカップにようやく口をつける。
「それは、君の勝手な願望じゃ無い?」
「……それも含めての予想、です。あいつ、あれでいて結構淋しがりなんですよ」
まぁ、本人は気付いて無いみたいだけど。と、呟き、カップをテーブルに置いた少女がべた笑み。
傍にあの魔人がいる時の様な、安心感に満ちたそれ。
――やっぱり、その笑顔は気に入らない。そう、本能がいう。
「ね、弥子ちゃん」
「はい?」
「此処に来た時、俺の横に居た人の事、覚えてる?」
期待で声を震わせぬよう注意しながら、何気ない口調を装って問い掛ける。
「あ……アイさん、でしたっけ?」
「うん。背格好、あんたに似てたでしょ?」
サイは弥子の質問に答えず、矢次早に質問を浴びせる。
「……そういえば、身長とかは同じくらい、でしたよね?」
言いながら口元に指を当て、視線を宙に浮かす。 その様子から彼女が自身の脳内にしっかりと、『アイ』を思い浮かべた事を確認する。
「だからあいつ、『アレ』を完璧に君だと思い込んでたよ。まぁ、あの状態じゃ、パッと見解らないもんね。 ……質量とかは…微妙に違うかもだけれど」
「え……っ」

瞬間、彼女の視線と身体の動作が凍り付いたかのようにピタと止まる。
瞳を見開き、ぎこちなく首を回して、サイに視線を合わせる。
「う……そ、で…しょ?」
声になるかならないかの掠れた声。
布に水が染み込むかのように、少女の全身に、狼狽と恐怖の色が広がって行く。
白い肌が青ざめ血の気を失って行く様はまるで、
汚れを知らない夏の青空に、じわじわと雨雲が広がって行くかのような「流れ」。
XIはそれを陶酔しきった表情で観察し、自身の心を満たして行く、
朱くどろりとした感情にうっとり酔っていた。
――あぁ、これは一体何だろう?
自分に問いかけた所で、明確な答え等返ってこないのだけれど。

「んフフッ……冗談だよっ」
弥子の恐怖と動揺が広がり切った時を見計らい、恐怖を告げた時と同様に、無邪気な声色で耳元に囁いて。
あの魔人がいつもするように、小さな頭に掌を置いた。
「へ……っ」
少女の全身から力が抜け、華奢な身体がソファに沈み込む。
「今はキッチンで君の夜御飯を作ってる」
「……ご、は…ん?」
ソフアに全身を預けたまま、ぎこちなく首を回し見上げて来る少女。
カタカタと震え、その大きな茶色瞳を潤ませ、涙を湛えて。
「うん。今ならまだリクエスト聞いてくれると思うけど……どうする?」
「……いらない」
力無く呟き、眼を反らす。その横顔に正面の窓から射す夕日が当たり、絵画のような陰影を作り出す。
「そう、美味しいのに……残念だなぁっ」
わざとらしく言った後、じゃ、俺は行くから。と、声を掛けドアへ向かった。
部屋を出る直前、もう一度振り返る。

全ての家具がアンティーク調に統一された広いリビング。
その中心に置かれたソファの上、沈み始めた夕日に照らされグッタリと、力無く座る少女。
その端正な横顔には絶望と憂いが満ちていて……。
――あぁ、やっぱりアンタはその顔がいい。それこそ俺の望んだ『絵』だ。
コレには何てタイトルを付けようか?もう絶対、アイツにかえしてやらないんだ。

彼はゆっくりとドアを閉め、気に入りの『絵画』に蓋をする。


XIが完璧な変態です。
これは、特に意識した訳では無いけれど、「人形姫様」と繋げて読む事も可能だったり。
弥子ちゃんとネウロの絆を見せつけられる度、兄貴(もしくは姉ちゃん)を取られた弟のように拗ねます。
要するに、彼は2人が大好きで、それと同時に嫉ましいんです。
で、基本は子供だからソレの上手い表し方を知らない。だから苛めるという悪循環。
ちなみにこの話では、恐怖で弥子ちゃんを飼い慣らそうとしています。


date:2006.03.24



Text by 烏(karasu)