「ねうろはさー、なんでいつも、私の話に返事してくれないの?」
そう言ったヤコは、我が輩に向かいこれみよがしにふくれてみせた。
華奢な腕に我が輩の買い与えた1Lのバニラアイスを抱え、
手も口元も、ブラウスの胸元までもを溶けたソレでべたべたに汚し、相好を崩した一応の16歳が。
「我が輩が返事をしないということで、一体貴様に何の不具合が有るというのだ?」
言ってみるが良い、と、トロイに頬杖を付いて問い返せば、
ヤコは絶対に届かないであろう位置にいる我が輩に突き刺そうとするかのように、匙を握った右手を大きく振り上げる。
勢いで白いソファの上へと一直線に散った、甘ったるい白い斑点など全く気にもせず、下ろした匙を再びアイスへと突き立てて、今度は焦れたようにパタパタと足を鳴らしてみせた。
「ネウロに、心がない感じがしてね、私、ヤなの」
「ほう……、嫌。とは具体的に?」
「くふふ……あのね、答えが返って来るって、私の言った事に関して、何かを考えたからでしょう?
あはは……。考えるのは、心があるからで、答えが返って来るのは、心が有る証拠でね――」
回らない頭で必死に紡がれている言葉には全くと言っていい程に脈絡がない。
そして、こうしてキャアキャアと囀る間にも時折、何か楽しい事象を思い出した時に漏らすような笑いが混じる。
全てはここ数年、ヤコと同じ年頃の少女達に現れ続けた症状と全く同じであり、
即ちはヤコに――我々の間に、残された時間の短さを顕著に現している。
退行する脈絡のない思考、幼女のような物言いと行動。止まない笑い声。そして、どこまでも幸福そうな表情と。
何度も確認して来た事実を反芻したところで、とくに何かの感慨や新しい発見が有る訳でもない。
ここに有る少女も、それを観察して分かるのも、唯々、動かしようのない事実だけである。
こうした、ニアデスハピネスと呼ばれる末期症状の生じた個体は確実に、そう遠くはないうちに――
「――だからね、心が有ると、すごぉく安心するの」
ふへへ、という間抜けな笑い声に思考を止めて顔を上げれば、我が輩と視線が合わさった事にか満足そうな笑みを返したヤコが、再び匙を口に運ぶ。
「ほう、そうか」
「うん、そぉなの」
「しかし――」
「んーぅ?」
腹の上で組んでいた手を解き、軽く身を乗り出すようにして聞けば、ヤコも真似してソファから僅かに身を乗り出す。
「もし我が輩に、貴様の望んでいるような心が無かったとしよう。――それは果たして、それが一体、貴様と何の関係がある?」
ヤコは、匙をくわえたままで丸く目を見開いた。
かと思えば、顎に手を当てわざとらしく考えるような仕種をし、あっ、と小さく声を漏らす。
「何も、ない……ゃ」
「そうだろうとも」
目を細めて笑ってやれば、ヤコもそれに呼応するように笑顔を返し、再び、ぁ、と小さく鳴く。
「でも、ね――」
カラン、とテーブルの上に匙を投げ出して立ち上がったヤコはとてとてとこちらに走り寄り、我が輩の肩に両手をかけ耳元に口を寄せた。
あたかも、幼い子どもが自身の重大な秘密を、親しい人間に打ち明けるかのように。
「ネウロに心がなかったらね、私が、とっても悲しい……よ?」
腕を伸ばし向かい合う形で抱き上げ膝に乗せると。ヤコは首を竦めてくふふと喉を鳴らす。
鼻先に掛かる生暖かい吐息からはただ甘く甘く、バニラのにおいがした。
「ほう、そうか」
「ふふふっ……そうなんだよ」
「では――」
今度は我が輩がヤコの耳元に口を寄せる。
擽ったさに喉を鳴らし、嫌々とむずかる小さな頭を押さえ付け、その耳元に言葉を吹き込む。
「今度からはもう少し、我が輩から色々と話をするか?」
「うん! して。いっぱい……」
――そうした理由からか、カツラギヤコという人格が完全に消え去る最後の瞬間までの我々の記憶には、妙に対話の場面が多い。
少しでも原作の感じを出したいが為に、ネウロの一人称にしてみた。
気にしていないつもりでも、認識している弥子と目の前の弥子との齟齬にとまどえばいいと思う。
つづきは、以前memoに書いたプロットを元に書くかも知れない。