桜の日


*当たり前のように結婚してます。


「どう、薄幸の美少女って感じじゃない?」
「……"美"は余計だな」
「あ、"少女"って所は認めてくれるんだ……むしろそっちの方が微妙なのに…」
弥子はそう苦笑し、ネウロから受け取った、桃色のガーベラの鉢植えを置いた。
「ん。菊を買って来なかった事だけは素直に褒めてあげる」
「本当は菊の鉢を買ってやろうと思ったのだが……なにぶん季節でなかったものでな」
「……一生病院に幽閉しとくつもり?」
自分から視線を逸らし、いつもの如く暴言を吐くネウロにわざと呆れたような声を作りそう言ってみせた。


「そういえば、子どもの顔は見て来たの?」
「いや、まだだが…」
「じゃ、私の事はいいから行って、見て来なよ」
ベッドに座った弥子はそう言って笑い、テーブルから林檎を一つ持ち上げ、ナイフで皮を剥き始める。
「赤ちゃんってね、すぐ大きくなるんだよ。ちょっと見ないとね…この、くらいに」
林檎とナイフを置き、肩幅まで両手を広げてみせる。
「ほう……」
「ちょっ、信じないでよ!……嘘に決まってるでしよ?」
素直に感嘆の声を漏らしたネウロに、弥子はゆるり、右手を振って自身の発言を否定した。
「嘘?」
「そう。ほら、今日はさ――」
「あぁ、4月1日か……」
弥子が指差したカレンダーに視線をやり、ネウロは納得したように頷いた。
「えへへ……初めてアンタを騙せたね」
弥子は小さく切った林檎を一口頬張り、小さな子どものように笑う。
なりたてとはいえ、とても一児の母や人妻には見えないような無邪気さで。
(なので彼は、未だにコレが日常のあらゆる場面で「奥様」と呼ばれる度に強い違和感を覚える。)
「……騙されたふりをしたまでだ」
ネウロはやや気分を害したのか、そう言い背中を向け、窓に歩み寄る。
「……なぁんだ、また私が騙されたのか」
付き合いが長い分、こういう時の扱いにもある程度は慣れていた。
拗ねている時は放っておくのが一番いいのだ。この、小さな子どものように負けず嫌いな「旦那様」は。
弥子はため息を一つ付き、自分も窓に視線を向けた。

窓の外では中庭に咲く桜の木が、薄桃色の花びらを惜しげなく散らす。
何かを数えるように急かすよに、ふわり、ふわりと確実に。

なんで季節はこんなに急くのだろうか?もう少し、ゆっくりでいいのに。
せめて退院して美味しい物を沢山食べて、新しい暮らしに慣れて、それから――

「ねぇネウロ」
「……何だ?」
「退院したらさ……三人でお花見でも行かない?」
煩わしそうに振り返ったネウロに、精一杯の笑顔を作り聞いてみる。
「……その頃には、もう桜は全て散っているだろうが」
「あっ、そっか」
呆れた表情のネウロに、今度は気まずさをごまかす為に笑顔を向ける。
ネウロは弥子に背を向け、再び窓の外に視線を戻した。
弥子は目を伏せ小さく溜め息を吐き、2個目の林檎を手に取った。
「……来年、だな」
「へ?」
唐突な言葉に驚き顔を上げ、弥子は思わず聞き返す。
「来年行けばいい。と、言っただけだ」
ネウロは振り返らず、ただ一言そう返しただけだった。
「……ん、分かった。約束ね」
暫くの後、そう一言だけ返して微笑んだ後、弥子は再び手元の林檎に視線を落とした。

こうして試行錯誤の新しい家族には、また一つ新しい約束事が――。

入院してる弥子ちゃんを書きたい→(色々な葛藤)→何故か出産。という不思議なプロセスを辿った話です。
これを書いた後、なんとなく調べたピンクのガーベラの花言葉は「崇高美」。
……流石はネウロだと、思うより他ありませんでしたw

追記:
書き足した部分は、某様から頂いたこの話の素敵な感想に多分影響を受けてます。
この場を借りて改めて御礼。kさんいつもありがとう!愛してる!(キモッ!)


date:2006.04.03
少し書き足し:2006.11.26



Text by 烏(karasu)