復活祭にはまだ早い


エイプリルフールネタとして、TOPに貼った某所に口直しとして置いてたもの。
読者も一緒に騙されて頂くと嬉しい。

4月は忙しい


世の中、ちょうど飯時に掛かってくる電話ほど碌でもない用事の物は無いと吾代は密かに思っている。
 理由として一に、そういう時間的配慮の出来ない知り合いに、少なくとも吾代の場合まともな奴がいない。
 二に、そういう配慮の利くまともな知り合いがわざわざ時間を選ばず掛けて来る電話には急を要するといった点で総じて碌でもない物が多い。

「チッ! ったく、人が飯食おうとした瞬間にケータイ鳴らしてんじゃねーよ!」
「あー、もしもし吾代さん?」
「あ? なんだ探偵じゃねーか」

そしてこの日、お飾り上司を体よく追い出した執務室で一人カップラーメンに箸を入れようとした瞬間にかかって来た電話は、その用件を両方とも満たす物だった。

つまりは、まともじゃない人間からの、急を要する碌でもない頼まれ事だったのだ。

「えらい久しぶりだなーオイ、どうしたよ?」

言いながら箸を置いた手で指折り数えてみた所、電話の相手――女子高生探偵こと桂木弥子の声を聞くのは、ゆうに一月ぶりの事だった。

先月の頭からずっと呼び出しがかからず過ごし、数週間前、余りの不安に珍しく自ら訪ねた事務所に少女の姿はなく、唯一居た化け物助手といえば、「暫く忙しいのだ」と、どこか含みのある笑顔で答えた。

奇妙に思ったものの深入りを避けてそれ以上聞かず、それから別の雑務を済ませていた訳だが、こうして改めて気づけばそれだけの間、上司たる化け物達に会っていなかったのである。

「え、ご飯中だったんでしょ。いいの?」
「ハッ、いいもクソも、今答えなきゃまたすぐ掛けてくんだろ?」

あの化け物に負けず劣らずに無神経な彼女にしては珍しい殊勝な言葉に電話の向こうで思わず口元が緩む。

「あはは、まぁね」
「おいおい、冗談でも否定しやがれよ。で、何だよ?」

続いた、外道さ漂わす言葉に今度は失笑を込めて鼻を鳴らして返せば、電話の向こうで相手も笑い、ごそごそと身動きするような衣擦れの音が次いで聞こえた。

「あのさ、今日事務所来るでしょ? その時にお使い頼まれてくれないかな」
「おう、まぁいいぜ。ただし、すぐに買えるモンならな」

念のために張った予防線の一言に少女は、うっ、と小さく呻きを漏らし、ちょっと待ってて、と、漏らして黙り込む。

「……あぁ、うん。人間のでいいの? ん、分かった。まぁ、それなら、全部のサイズがあればどうにかなるかな……」

どうやら携帯を耳から離しているらしく、誰か(恐らくは化け物助手だろう)に確認を取る声が遠く切れ切れに聞こえる。

「オイ! ちゃんと買うモン決めてから電話しろや!」

携帯を口元に持ってきて大声で叫び、すぐに耳を押し当てると、聞こえたのは化け物の舌打ちと、探偵の焦ったような声。
 容易に想像できる向こうの様子にいい気味だと笑いをかみ殺した所で、スピーカーからはまた探偵の声だけが聞こえてきた。

「あぁ、ごめんね。じゃあ、今から言う物メモしてもらっていい?」
「……ったく、手短に頼むぞ、麺が伸びちまう」
「うん、それはこっちだって同じだよ。……起きると面倒だから、寝ているうちに済ませたいんだ」
「あー、化け物、近くで寝てるのか?」

その言葉に一瞬だけ違和感を覚えたものの、先ほどの舌打ちが、予想より存外近くで聞こえた事を思い出し聞いてみる。
 まさか女子高生に膝枕も無いだろうと思いながらも、シャツの背中が不透明な汁で濡れるような心地がするのは何故なのか。

「ううん。あ、ネウロも一応ソファの後ろにいるけど……代わる?」
「へッ! じょーだん!」

自分の予想が外れてくれた事に安堵の溜息を吐きつつ、相手の発した冗談とも本気とも付かない言葉に返す。

「あはは、だよねぇ。ちょっと待ってね……っと、危なかった」

自分のと同時に響いていたきゃらきゃらとした笑い声が止み、今度は相手が安堵の息を吐いたのに二度目の違和感を覚え、吾代は眉を寄せる。

「どうしたんだよ? 探偵?」
「――やだな、わざと落とす訳ないじゃん! 冗談でも言っていいことと悪い事があるっての!」

ごそごそと聞こえた音に体勢を立て直している事が知れ、恐らく背後からかかったらしき聞き取れないが、揶揄の籠もった響きに怒鳴る声。

「あっ、ごめん。ちょっと、腕に抱えてた物を落としそうになっちゃって」
「あー、いいから、さっさと言えよ」

再びスピーカーに戻って来た声が、片腕で抱えながら電話出てるモンだからバランスが悪くてと、こちらの聞いていない事を話し始めるのを軽く制止し、吾代は手元に引き寄せた手帳にペンを走らせる。

「じゃあ、言うよ?」
「おう。言え、言え」
「まずねー、紙おむつと――」
「ブッ!? ちょっ、待てやこのっ!」
「ちょっ、大声出さないでよ吾代さんっ!」
「お、おう……」

電話の向こうからすかさず上がった押さえた声は、その音量に関わらず思わず漏れた吾代の罵声以上の剣幕を帯びていて思わず黙り込む。

「起きちゃったら大変なんだから。……あー、もしかしてラーメン零したの? 汚いなー」
「吹いたのじゃねーよ! 何だよ、何が起きるんだよ!?」
「ええと……つい昨日の事だったし、名前はまだ決めてないんですけど」
「あー! 言うな! 信じたくねぇ!!」
「吾代さん吾代さん、ネウロが『現実と向き合え』って……」
「向き合ってたまるか馬鹿野郎っ!」




しかしこの後、口ではああ言ったものの結局昼食を放り出し、執務室のドアの横で膝を抱えて丸まっていたお飾り社長が社会人らしい気を利かせて持たせた花束やらご祝儀やら抱えて開けたドアの向こうにあったのは。

「ごめんなさいっ、吾代さんっ!」
「おぉ、遅かったな」

ソファの上で両手を合わせて頭を垂れる探偵と、その傍らに佇んで、ストップウォッチ片手にニヤニヤと笑う化け物助手の姿だった。

「フハハハ。まぁ、嘘だった訳だがな」
「本当にごめんね吾代さん。こいつがどうしても電話かけろって言って原稿まで用意してさぁ」
「ってオイ、この大量の……その、どうすんだよ」
「あぁ、心配ない。……どうせ暫くすれば必要になるだろう」
「!?」

そうしてふと視線を落とした探偵の、細い膝の上に置いてあったふかふかとしたパステルカラーの布で飾られた大きな籠の中。
 そこに、ダチョウの物ほどの大きさの卵が鎮座していたのを、吾代は次こそ視線を逸らして見て見ぬ振りしてその場を後にしたのだった。


さて、どっちが本当でしょう? または、どこまで本当でしょうのお話でした
エイプリルフールの二日前の時点で台詞だけ書き出して、それに次の日で文章付けて画像に圧縮しました。
初めての作業だったので手間取りましたが、いい経験と達成感を得ましたw
付き合って下さったみなさま、本当にありがとうございます!


date:2009.04.01



Text by 烏(karasu)