人形姫様


*死にネタでグロで流血。

お互いに、あがりには遠い

「どう?綺麗でしよ?」
我が輩の背後、差し込む日差しは暖かく、目前の白い壁に二人分の影を映し出す。

「エンバーミングって言ってね――」

いや、二人では無い。この場所にはもう一人。そう、『一つ』でも『一個』でも無くあくまで一人の――

「死体の血を抜いて、代わりに防腐材を詰めるんだよ。ほら桂木弥子、前の主人様への挨拶はどうしたの?」

我が輩の目前、椅子に座すヤコはまるで眠っているかのようである。
普段より丁寧な化粧を施された、そのほのかに桜色をした頬をそっと撫でれは直ぐにでも目を開け、
いつもの様に口を尖らせ非難の声で、睡眠を邪魔した我が輩の名を呼ぶのでは無いか?

そう思い、延ばした手が届くより先に、椅子の背後に立っていたサイの手が弥子の両肩へと伸びた。
そしてそのまま、普段我が輩がするかのように自分の頬を、弥子の頬にひたりと寄せる。

「この子ね、最期も凄い綺麗だったんだ。血液がね、ワインみたいに濃い赤色してて、
それでいて水みたいにさらっさらで……」

サイは猫の子を撫でるような丁寧さでヤコの頬を撫でながら恍惚の表情を浮かべ、
うっとりと甘く、陶酔仕切った声色でヤコの最期を事細かに紡ぎ始める。
声の甘ったるさが鼻先を掠め、その不快な匂いに吐き気が込上げる。
聞きたくない。そう強く願うのだが、身体は全く言う事を聞かず、立ち尽くしたまま、耳を塞ぐ事さえ出来ない。

煩い。黙れ。止めろ……。

それらの言葉を叫ぼうにも全て喉に張り付き、上手く音にならない。
不快を許容することも――拒否する事さえ出来ないままに、我が輩の中で弥子の死が現実の物として認識され始め
それと同時に精神の何処かが崩れて行った。
いつだかヤコがフォークで切り崩し喰っていたケーキのようにグズグスと。
少しずつ、だが確実に……。


「……れ」

魔人の口からようやく呟かれたその一言に、怪物強盗はぴたりと話を止め、じっと魔人を見詰める。
とことん無表情なその顔。しかしその裏側で焦躁は確かに募り、魔人の理性を奪い始めている。
表情からそれを確信した怪物強盗はにんまりと口端を吊り上げ、最後まで取って置いた言葉をゆっくりと吐き出した。

「そうそう、桂木弥子は喉が裂けて使い物にならなくなった最期の最期まで、ずっとアンタの名前を――」
「黙れ……」

ようやく音となったその声は驚く程に震えていた。サイは再び言葉を切り、媚びるような視線で我が輩を見上げる。

「……いいの? 本当に黙っちゃって」

笑いを抑えたような声色で、我が輩を見上げ、聞く。

「……何が言いたい?」

そう問えば、突然に吹き出し腹を抱えてケラケラと笑う。
その笑い声が脳髄を不快に揺らす。

「あ〜あ、折角アンタにさよならを言わせてあげようと思ったのに」

一通り笑った後で、拗ねたような口調で不可解な事を呟く。
「……さ、よなら?」
「だってさ、今日から桂木弥子は俺の物だもんっ」

サイはそう言い、椅子に座る弥子を、まるで子供が気に入りの人形にするように強く抱き寄せる。

「もうこの唇はね、アンタの名前を呼ばないよ!」

顔に手をかけ、親指で弥子の唇をそっと撫で上げる。
瞬間、胸に燈った熱の名前を我輩は知らない。知りたくもない!

「指先も、表情も、全部あんたになんか向かないんだ」

手はそのまま首筋、肩へと移動する。

『ネウロっ!!』

途端耳の奥に再生される柔らかな声。弥子が突然にいなくなって以来、
思い出す事さえ出来ずにいた音。何故に今になって――

「あんたをあっためていた体温も……ほら、今じゃ氷みたいに冷たい」

『……アンタの手は冷たいね、寒く無いの?』

止めろ。何故今思い出す必要が有る?今は何も聞きたくないのだ。貴様の声も、怪物強盗の戯れ事も。

「あっ、でも、体温の高い俺にはちょうどいいな。毎日抱きしめて寝るのもいいかも」

そのまま強く弥子の肩を抱き、我が輩を馬鹿にするかのように目を細め、笑う。怪物強盗が。

ガンッ!!

気付くと、我が輩は怪物強盗の胸倉を掴み、壁に叩き付けていた。
何故?こ奴にこんな事は、全く無意味だというのに。
我が輩は身をもってそれを知っている。ならば、何故に?何故、何故何故なぜ……

「……冗談だよ。何本気になっちゃってんの?アンタらしくも無い」

ぬるりと腹部を滑る物がある。
それが自分の血液だと気付くのに、何故か普段より時間がかかった。

「そんなんだから……こんな大きな隙が出来るんだよ」

視線を下に落とす。腹部にねじ込まれている刃物が光を反射し、灰色に光った。
そこからドボドボと流れる血液は、それを握る手の白さを一層引き立たせた。

「う…ぁ……」

声が上手く出て来ない。もう一つ心臓が出来たかのように
刃物を中心にズグン、ズグンという鼓動が伝わる。
そこが熱い。膝から力が抜ける。

「あ―ぁ……急所に入っちゃったか。残念だなぁ。瀕死で保って、生きたまま解体するつもりだったのに。」
そんな無邪気さを露にした声も遠く、とおく――


書いたのは多分2月頃。セリフだけ思い付いて、日記に羅列した奴(余りにアレなので後日消した)
が、元になってます。
昨日見つけて、2〜3行加筆してみて、
「コレ、終わらせらんないな……」と思ったので此処に置いときます。
ちなみに本編中のエンバーミングは嘘っこです。
烏の足りない頭に詰まった薄い知識と、妄想に近い想像だけで書いたので、どうか気にしないであげて下さい。


date:2006.03.20



Text by 烏(karasu)