葛西さんお誕生日


pixvから。甥っ子から見た葛西のおじちゃん。
※過去捏造系。

死ねなかったから今がある。


 俺の母は叔父を嫌っていた。叔父と母は母親が違い、叔父は女と駆け落ちした碌でもない祖父が出奔先の北国で作った子供の一人。
 中学生になるかならないかの時、事故で身寄りがなくなった叔父を母の実家で引き取ったらしい。年頃で一人娘として我儘放題育った母は叔父と碌に顔を合わせなかったという。

 だが、叔父は俺を気に入っていて中学卒業と同時に仕事に就いて寮に入って以降寄り付かなった家に、母の留守を見計らい俺の顔を見に来る事があった。
 叔父は表向き、その最初の仕事を辞めて以降、何処に居るのか分からず音信不通ということになっていた。子ども心に、叔父が自分に会いに来る事は母にも祖母にも言ってはいけないんだと思っていた。だから、言わなかった。

 子ども時代、最後に会ったのは今のような秋口で、どういった流れかは覚えていないが俺と叔父は土手から河原一面に広がる薄の野を見下ろしていた。
 薄野原は川の向こうに落ちる夕日に染まり、川と続いた水面のようにキラキラと波打ち揺れて居た。

「…なぁ、何で俺が一人になっちまったか聞いた事あるか?」

 まだ、目深に帽子を被り顔を隠す必要の無かった叔父はガードレールに寄りかかり、煙草をふかしながらそう聞いた。俺は知らないと首を振ったが、本当は知っていた。農家をやっていた家が親兄弟ごと火事で丸焼けになったと。
 だが、叔父は俺の顔を見下ろして相好を崩すと、火火火…と苦笑を零し、「徹ちゃんは嘘をつくのが下手だな」と、俺の頭を撫でた。
「そう、農家の経営難を苦に無理心中。気づいて逃げた上の息子だけが生き残った」
 半端な気遣いを見透かされていた事に子どもながら男としてのプライドが傷付き、唇を噛みしめて俯く俺の頭を一層ぐしゃぐしゃとかき回しながら、叔父は正面の川面に――いや、やや上に広がる秋空に顔を向けた。
「……って話になってる。世間では」
 叔父はそのまま、ふうと煙を吐いた、魂のように。
「火火火…だけどな、本当は上の息子が付けたんだ、その火は」
「……!」
 俺は俯いていた視線を上げ、目を見開いて叔父を見上げたが、叔父は涼しい顔をして再び煙草を息を吸い、そして煙を吐いた。
「上の息子はなァ、一番上の息子ってだけで怠け者ばかりの家でこき使われてたのさ。馬鹿みたいに広い荒地を畑にしろと耕させられてた。
 戦前のガキかってくらい、毎日毎日、碌に学校にもいかねーで空見上げてな……。そんなのにうんざりしてる時、碌に行かない学校で偶然、良い手を思いついた」
 叔父は短くなった煙草を下の薄野原に捨て、そして新しい煙草に火を点け不意に、そのライターを火が点いたまま野原に投げ落とした。あっと思う間もなく、野原は一面真っ赤な色に染まった。
「ありゃ焼き畑ったけなァ……とにかく、いーモンも悪いモンも。一回全部、燃やしちまえばいい、ってな」

今思うと先に何か撒いていたのかも知れない。火はとても見事に燃え広がり、河原一面に広がった。
「火火火…それで実際点けみたら花火よかよっぽど綺麗でな。そのクソガキはついでに思った。あの飲んだくれも、クソババアも、火に炙られれば好きになれんじゃねーかと……」
 さっきまで水面まで完全な金色だった野原は、あっという間にその様を変えた。金色の夕日を映していた川は、今はそれよりもっと鮮やかな赤い炎を水一杯に映し、炎を纏った薄は、漫画で見た火の鳥のように風と一緒になってバタバタと羽ばたきを繰り返していた。
 それは、影絵や写真、近所で見る火事なんかより余程綺麗で、すぐ足下で燃えてる事さえ忘れて俺はガードレールから身を乗り出しかけた。
 そして知った、俺の知っている火は、怖さばかりを増幅させたもので、その綺麗さは一編たりとも伝えてなかったということに。
「それとこうも思ったさ、自分も奴らも、燃えて灰になってしまえば平等になるんじゃねーかと。幸い深夜だったし、農家の納屋ってーと以外と劇薬火薬の宝庫でな…トラクター用のガソリン撒いて火ィ点けた訳よ」
 暑いくらいに燃える火に照らされた叔父の顔は涼しげで、まるで他人事のように話を続けた。
 下から煽る火のせいか、普段から笑顔の張り付いたその顔は、少年みたいに紅潮して見えた。親兄弟に油を蒔く、話の中のクソガキのように。
「で、火の海の中にいざ自分が飛び込もうとして、はたと思った訳よ」
 くくくっと喉を鳴らし、叔父は俺の頭を撫でた。「俺よか頭のいい徹ちゃんならわかるだろ?」と。
「灰になるよか、灰になるまで、灰の上により長い間一人で立ち続ける努力をする奴のが、よっぽど偉いんでねーかなとな」
 火火火…と笑った叔父は俺の肩を抱き、未だ炎と、楽しそうに笑う叔父とに交互に視線を彷徨わせ、静かに興奮していた俺の耳元に、小さく囁いた。
「それが何年も前の今日さ。放火魔葛西善二郎の誕生日って訳よ。で、これがささやかなローソクさね」
 それが、本当の意味での叔父の誕生日をさしてたのか、何らかの例え話だったのかは分からない。
「まぁ、もっと派手にやりてーんだが、たまには可愛い甥っ子と祝うのも悪かねーと思ってね……」
「……」
「どうだ、綺麗だろ? 真似してみたくねーか?」
 夕日よりも鮮やかに燃える河原をじっと見ていた俺が顔を上げ、口を開こうとした時。「火事だ!」背後で誰かが叫んだからだ。
「ひひっ、遊びが過ぎたか……」
 叔父はあっと思う間もなく、俺の横から駆け出した。
「じゃあな、お前も灰の上に立つ人間になれよ!」

 それが、子ども時代、叔父に会った最後の日だった。

「火火火…、あそこで死んでりゃなぁー(お前も死ななくてすんだのに」
とかがおじちゃんがおにーちゃんだった頃の口癖だったりしたら萌えるって話。


date:2011.09.04



Text by 烏(karasu)