夕日色の砂糖漬け


続きに当たる章が全て携帯の水没で消えた話の、最初からクライマックスな『結』の部分。
ほぼ原文のまんまです。

「なら、キンモクセイが食べたいなぁ」
「良いだろう、叶えてやろう」


僅かに開いた窓からはキンモクセイの甘い香りを孕んだ風が吹き込み、それに揺れるカーテンから、やわらかく射す陽光に透された金色が視界の端で靡いた。

ひんやりとした感触の手が額を覆うように置かれ、汗で張り付いた前髪を除けている。
労るような心地よさに、ほぅ、と小さく息を付けば、掌は額を撫でるように滑り降り、そのまま、弥子の両目を覆う。

瞼を閉じる事を促されているように感じ、滲んだ視界で自分に覆い被さるようにしていた青と金色の残像を残し、目を閉じる。

掌は頬を撫でて離れ、瞼の色が日に透けて赤く染まった視界に、人型の薄闇が被さるのと、枕元のマットレスがぎしりと鳴るのに辛うじて、ベッドに寝た自分に覆い被さった生き物の気配を感じる。

「……ッ」

気配の主の名を呼ぼうと僅かに開けた唇に、冷たい指先が触れて、舌に乗せるようにして、何かを口に押し込んだ。
咄嗟に閉じた乾いた口腔の中、ちくちくとした舌触りとじんわり広がる甘さ。

(甘い……)

思わず口元を綻ばせると、カラリとガラスの鳴る音の後、閉じた唇にまた押し当てられる何か。
いやいやと軽く首を振ると、相手の不機嫌さが空気を介して伝わって来る。

(違う……)

拒絶した訳ではないと伝えようと、少し大きく口を開く。

「……のみこめ、な…ぃ」

粘膜が乾いて、喉が痛くて。飲み込む事が出来ないのだと伝える為に。
舌先に甘い塊を乗せたまま訴えれば、のし掛かっていた圧迫がなくなる。

薄目を開けて見上げれば、身を起こし、開いた片手を顎に当て、何か考えている様子。

ソレをぼんやりと眺めているうち、こちらが見上げている事に気付いたらしく、顔を上げ、にやりと開いた赤い口。

湧いた恐怖に戦く間もなく、詰められた距離にようやくしっかりとその顔を――鋭く光る緑色を捕えた途端、片手でぐいと顎を掴まれ仰け反らすように持ち上げられる。
「ん、んぐっ……」

息苦しさに喘いだ唇を、塞ぐように、噛み付くように牙が当たり、口内に入った舌先が、ぐいと喉の奥に何かを押し込んで来る。
どろりと流れ込んだ液体と共に、腫れぼったい喉を鳴らして飲み込むと、重なっていた唇は離れ、ふう、と満足そうに吐かれた息が、牙を立てられ、ひりひりとした唇の上をくすぐった。
その感覚に眉をしかめれば、ぺろりと、コウシンの敏感な皮膚を舐められて、ぞくりと背が震える。

喘ぐように息を吸った途端、口の中に溢れる甘さ。
窓から吹く風に含まれるキンモクセイの香りとも、舌でとろけた砂糖の甘さとも僅かに違う。
初めて味わうその味覚に、風邪のソレとはまた違う熱に、余計に意識が溶けていく。

「……さて」

するりと瞼から手が滑り、再び額の上に重なる。
相変わらず、至近距離で除き混んで来る緑を、焦点を上手く合わせられない視界でどうにか、じっと見返す。

「どうだ、ヤコ」
「ん……。あまぁ……ぃ」
「そうか」
「すご……く、あま……ぃ」

柔らかい髪を梳くように撫でると、弥子はゆっくりと目を細める。
ネウロは再び、舌先に乗せたソレを、ヤコの口へと押し込んだ。


ケータイのHDが飛んだ事で続きが消え、やむなく没になったリクエスト下書き。
この後に延々と時系列の違う蛇足を付けて、「金木犀」や「ちくちくとした砂糖」などの正体を暴いていく構成の予定でした。
因みに、この弥子ちゃんは風邪の熱で半ば自失呆然となっている設定。


date:2007.12.04



Text by 烏(karasu)