短冊の下でお会いしましょう


誰とでも取れるキャラによる、誰があの子の相手とも取れる七夕SSです。
オリキャラと取れてしまった場合、嫌いなカプに見えた場合、読むのをやめるのオススメ。

願いが叶いますように

 その日の深夜、帰宅しようと商店街を歩いていた。
 乗って来た終電も過ぎ、もう日付が変わろうという駅前商店街に、当たり前ながら、人は誰もいなかった。
 石畳の道の両側には等間隔に街灯が並び、その左右にはシャッターの閉まった店が並んでいる。
 そりゃあ出勤の時に通る時も朝が早く、両脇に広がるシャッターの殆どが閉まっているが、同じ社会人や学生と、人は沢山いる。
 夏の夜、人の居ない商店街は、ある種の静謐さに包まれ、まるで漫画か何かの世界だ。

「しかし、誰か居てもいいだろうに……」

 そんな呟きが反響して消える気配がかんじられるくらい、人がいない。
 まるで誰かが人払いでもしたようだ……そう考えて、ちょっと妄想が過ぎたなと苦笑した。
 つい、うろうろと見回しながら歩くうち、商店街の終わり、隣接する大きな公園の、車止めが見えてきた。
 何か大きなイベントの時ならば、こんな時間でも若者が沢山いたり、撤去の為に残っている人間がいるものだが、今日は誰もいない。
 さすがにこの時間ともなると、散歩者やランニングをしている人間もいないか。
 ここを突っ切れば早いは早いのだが、流石に夜の公園を一人抜けるのはちょっと躊躇いがある。
 さて、どうしようかと考えながら、車止めの前に来て、見るともなしに夜空を見上げた時。不意に、夜空一杯に広がる緑色が目に入った。
 車止めに両手を置き、身を乗り出してよく見ると、それはここから数メートル離れた広場の中央に立てられているいくつもの竹だった。
 さらによくみれば、それらを支える為の杭とロープの間に、それらをライトアップしていたらしきライトがいくつか置かれている。
 しかしそれらは流石に消灯されていたため、竹は、公園の木々を通して周囲の町明かりで僅かに浮かび上がるだけだった。
 何故あんなところに竹が……と考え、そういえば、今日は七夕だったのだと思い出した。
 ここの商店街ではささやかなイベントとして毎年、六月の終わりから七月の七日まで、こうして公園広場に竹を置いておくのだ。
 商店街で一定の金額の買い物をした人に、渡した短冊に願いを書いて貰い、それをどんどんと釣り下げて行く。
 いざ七月七日になったら、その竹をこの広場に立て、子ども向けのささやかなイベントを行うのだ。
 社会人になってからはすっかり忘れていたが、なるほど、幼いころは、願い事を書きたいが為にお菓子やカードを買ったりしたものだった。
 腕時計を見てみる。七夕も、あと数十分ということだった。
 そしてふと、三年前の今日、ここで会った少女のことを思い出した。



 あの年は確か、仕事が早く終わり、夜の九時頃にここを通り掛かった。
 その日は朝から生憎雨だったので、午前のイベントの人も入りも悪かっただろう。そして、そんな笹を見物しようという輩もいなかった。
 そこに通りかかり、ふと傘の中で顔を上げた時、笹の葉が重なる下に、ぼうっとピンクの傘が浮かび上がった。
 ふと足を止め、目の錯覚かと目を凝らすと、それは、ピンクの傘をさし、竹を見上げる、制服姿の少女だった。
 右の首と肩に傘の鉄骨を挟んだ、首を傾げるような姿勢だったからだろうか、眉を潜め、困ったように竹を見上げているように見えた。
 しかし、その印象は間違ってなかったのだと、すぐに知ることとなった。
 少女が首を傾げるようにして傘を持っていたのは、両手が塞がっていたからだった。
 彼女は、胸の前で抱きかかえるようにして組んだ腕の中に、極彩色を思わせる、大量の短冊を抱えていた。
 自作なのだろうか、とも思ったが、この商店街の短冊は毎年規格を揃え、毎年デザインを変えて発注していると聞いたことがあった。
 今日が最終日だからと、商店街のどこかの店が投げやりに、残りを全て少女に持たせたのだろうか。
 しかし何も、貰った分を全部結ぶ必要もないだろうに。 そう思った時。

「それ……結ぶんですか?」

 気づけば、困ったようなその横顔に、そう、声を掛けていた。

「はい……そうなんです……急に思い立ったんですけど、数が数なものだから……」

 困ったように手の中の紙切れを見下ろす姿は、思ったよりも身長が低い、小柄な様子だった。
 両手が塞がっているうえに、彼女の背が届きそうな下の方の枝は、彼女と同じく駆け込みで結んで行ったらしき短冊で殆どが埋まってしまっている。

「……一人じゃ結べないでしょ」
「はい……多分……」
「よかったら……手伝いましょうか?」

 言ってから、しまったなぁと思った。
 理由は手間がどうとか、そういう話ではない。
 人気のない公園で、女子高生に声を掛ける自分を端から眺めるところを想像したら、変質者か何かにしか見えなかったからだ。
 しかし、少女は、パアァッっと無邪気に顔を輝かせ、こちらに向かってばっと頭を下げた。
 ありがとうございます、と、下げられた薄黄色の髪に桃色の傘が写って、短い髪の一部がオレンジ色に見えたことと、その間に見えた特徴的な髪飾りを覚えている。

 その後、互いに半々ずつに分けた短冊を協力して結び付ける間、互いに簡単な世間話をした。

「その制服はあそこの進学校でしょ、結構遠いのに大変だねぇ」
 つま先建ちになりながら、そう声を掛けると、背後で短冊を抱えていた少女が、まぁ程々にと相づちを打つ。

「そういうお兄さんは、営業か何かの人ですか」
「何でそう思うんだい?」
「だって、結構、靴の底がすり減ってるけどその割にちゃんと、身綺麗な感じですもん。だから多分、足を使って人に会いに行く仕事!」

 驚いた、ずいぶんと観察しているものだと声を掛けると、少女はまぁ、そういうの結構得意なんですよと笑った。
 にしても、食べ物の名前が多いね、流石にこの量になると書くことなくって……。
 という会話から、互いに食べ物の話題になった。驚いたことに、彼女は、商店街の小さな居酒屋から、会社が接待で使うような料亭まで知っていた。
 あまりしげしげ見ては失礼かと、あまりみないようにはしたが、いくつかは、家族や友人たちの幸せを願うもののようで、ほほえましくなった。
 まるで、子どもの頃に帰ったかのような懐かしい単純s業はなかなかに楽しかった。
 そして、最後に結ぼうとしたその中に、一つ、他のものとは違うものがあった。

『あいつの願いを、何でも叶える力が欲しい』

「どーしたんですか……おわっ!」
 思わず手を止めてしまったのを不審に思ったのか、横からのぞき込んで来た少女が、顔を真っ赤にしてそれをもぎ取った。
「彼氏かな、それとも片思い?」
「あはは、まぁ……そんな所ですかね」
「いいねぇ、若いって……」
「若い、うちに叶えばいいんですけどね……」

 こちらの言葉に真っ赤になった少女は、ぐいと引っ張った自分の傘に顔を隠し、ぽつりとそう呟いた。
 何かただならぬ関係なんだろうなと、どう声を掛けようか迷っていた時。

「なぁんて、ちょっと感傷的すぎましたね!」
 少女は傘をブンと振り、また明るく笑った。

「まぁ今は、何を望んでいるのかがやっとわかるようになったばっかりなんですけどねー」
 これって、以心伝心って奴ですかね? と、首を傾げて見せるその姿は、何だかきらきらと眩しかった。
「多分叶うさ。正しいお願いだもの」
「えっ?」
「だって……本来七夕っていうのは、女の子の芸事の上達のお祭りだからね。文字とか、お裁縫とか……」

 というか、男のお願いなんて大したことないさ。美味しいご飯とかわいい彼女でもいれば十分だよ。
 そんな気障なジョークに対して、彼女は怪訝な顔一つせずに、すぐにクスクスと笑ってくれた。



 その時の事を思い出して、見上げた空は、以前と違って快晴だ。これなら、彦星と織り姫も出会えたことだろう。
 何となく懐かしくなって、車止めを越え、公園に入った。
 気づかないうちに早足になりながら、竹から二三メートル離れた所まできて、思わず立ち止まった。
 そこには、竹に凭れるようにして、小柄な若い女性が立っていた。
 どこかに行って来た帰りなのか、片側にまとめて結んだ黄色い髪が、桃色の浴衣の肩でオレンジ色に透けている。
 どこかで貰ったのか、胸元に小さな飾りのついた笹の枝を抱え、それに鼻先を埋めてうっすらと目を細めている。
 見覚えのある顔立ちに、髪をまとめる特徴的な半月の髪飾りは、前とちょっと形が違った様子だ。
 少し大人びているけど、やっぱりあの時の子だ。
 ふと顔を上げた彼女が、とても嬉しそうに笑い、ざわざわと鳴る、竹の梢を見上げた。
 そうして、短冊を一枚袂から取り出すと、高い所に結ぼうとしたのか、片腕に笹を抱えたまま、ぐっと背伸びをした。
 それに思わず笑い、手伝おうかと声を掛けようとして――やっぱり止めておくことにした。
 相手がこちらのことを覚えているかも怪しいというものあったが。
 こちらからは死角になっている、複数の竹を纏めた幹の後ろから、するっと、彼女の腕よりも高い所にある手が伸びたのだ。
 彼女は、その相手を振り返り、顔をのぞき込んで、一層嬉しそうに笑った。
 笑い掛けられた相手の表情を見て、あの日の彼女の願いが、恐らく叶っただろうことを知った。

「ごめんね、急に思い立ったモンだからさ。……ここならきっと、どっちの願いも叶うと思って」

 俯いて早足にすれ違う時、どうやら、時間について文句を言った様子の男に返してくる、彼女のどこか楽しそうな声が聞こえてきた。


沢山ある読み方の例:
・三年後、再開したらしいネウヤコ
・弥子と面識のない大人による、中学生の弥子との思い出話
・高校生から三年後のその他の弥子受け。

好きに読めばいいんじゃないかしらとか思っています。


date:2010.07.8



Text by 烏(karasu)