Twinkle,Twinkle,Little My Star!


かぷさまからの相互リク、「ネウロとピアノ」です。
リク頂いた春先から、ここまで遅くなってやっと完成しました!

可愛い可愛い、手の平の星


「よし……折角だ。ヤコ、何かリクエストはあるか?」

ネウロがそう聞いた時、弥子は最初、とても難しい曲を言って、この魔人を困らせてやろうかとなどと考えた。
 だが、言葉どころか顔にだすより先にすぐ諦めた。理由は二つある。
 一つは、ネウロが弾けると言うならばどんな無理難題を言った所で、ピアニストのようにとはいかずも、クラシックのCDくらいのレベルで弾きこなしてしまうだろうこと。

そしてもう一つは、問われてすぐに難易度の高い曲の名前を上げられるほど、弥子が音楽に詳しくなかったことだ。
 実際、ネウロの問いかけで真っ先に弥子の頭に浮かんだ曲は有名なクラシックでさえなく、小学生の頃にピアニカで弾いた『子犬のワルツ』や『猫踏んじゃった』だったのだ。

「いいよ……遠慮しとく」

そんな弥子の頭の中を見透かしたかのような溜息と共に、キィーっという、油の足りない蝶番が立てる甲高い音が響き、ピアノの内部構を覆う真っ黒な蓋が開けられた。

「特にリクエストがないのなら……そうだな。ここはロマンティックに、『暗い日曜日』でも弾いてやろう」

ネウロは弥子に背を向けたまま、長身を乗り出し、鍵盤の蓋の上に片腕を置いて身体を支え、もう一方の腕で掴んで持ち上げた蓋の中の機構を、深緑の眼を眇めてじっと覗き込んでいる。

「何、それ?」

その口から零れた曲名は、弥子の記憶の端に全くといっていいほど引っかからない。
 だから、同じくピアノの正面、ネウロのすぐ横に立ってその横顔を見上げていた弥子は、機構をのぞき込んで伏せたまま、ゆるく眇められた深緑に対し、素直に首を傾げた。

「おわっ!」

その拍子に、彼がぞき込む蓋の中に、両手で支えて掲げていた大きめの懐中電灯を取り落としそうになり、握る五指に力を入れて握り直した。
 それでもブレた明かりの丸い輪の中で、今や完全に顔を上げたネウロがこちらに顔を向ける。

無駄に長い腕を伸ばして肘を突いているカバーに仕舞われているであろう鍵盤を思わせる真っ白い牙を剥きだしてにやりと笑った。

「うわぁ……」

 ……嫌な、予感しかしない。

「えっ、遠慮しとく。別に私、ロマンを求めるお年頃でも立場でもな……」
「そうかそうか、知りたいなら仕方ないな!」

弥子が己の企みに嵌った時に見せるその笑顔に、感じた悪寒のまま骨髄反射的に上げた否定の言葉は、たたみ掛けるかのような勢いで上機嫌な声にあっさりと無視された。

「『暗い日曜日』というのはその昔、ハンガリーで大流行した歌でな……聞いた者は近いうちに自殺を図るということで大評判になったらしい。ポケットにその歌詞を遺書代わりに潜ませ、その最後には必ず『暗い日曜日、それは私のこと』という注釈を――」
「絶対にやだっ! てかソレ、俗に言う呪いの歌とか言う奴じゃん!」

まるで歌でも歌うかのように明朗で楽しげな低い声に語られた、季節に似合わぬ怪談に、弥子は思わず懐中電灯を持ったまま、耳を塞いでブンブンと頭を振る。

その拍子に、ネウロの手元を照らしていた懐中電灯の明かりが今度は先ほどよりも大きく反れ、ピアノと共に真っ黒な影になった長身に、不機嫌な舌打ちを返される。

「そら、さっさと明かりを寄越せナメクジ」
「あっ、ごめんっ」

慌てながら再び重い懐中電灯を扱い、ネウロの肩を掠った丸いオレンジ色は、弥子の正面の壁一面を覆うガラスを撫でた後、再び部屋の中央に置かれたグランドピアノとネウロとの間に落ちた。
 不用意に窓の外に明かりを漏らすべきではない。

もしも此処が普段のような街中であったなら、ならそう叱責され、すかさず襟首を掴まれガラスに叩き付けられるようなDVを受けていたことだろう。
 しかし、今回は近隣に家など殆どない、長年放置されていた田舎の洋館、しかも持ち主である依頼主の許可を得てのことなので、その辺の遠慮はいらない。
 まぁ、まさか依頼主も、自分がささやかな捜し物を依頼した探偵とその助手がまさか夜中に寝室を抜け出しているとは夢にも思わないだろうが……。

あまつさえ、彼女の宝物だというグランドピアノをこうして弄り回しているなどとは。

「全く……自分で頼んでおいてそれか」
「あ、それはごめ……ん……」

声と重なるようにして、グギギッと鳴った木の軋む音に言葉を失う。
 僅かに皹の入るような音を立て、より大きく開かれた蓋を横目で眺めながら、弥子は目を閉じ、両手の代わりに心で合掌した。


先日亡くなった依頼者の祖母が生前、この洋館に隠しておいたと遺言していた遺書を探して欲しいというのが、今回の依頼内容だ。
 昼間ここに案内された時、弥子はこの、自分が両腕を広げて端から端まで聞けるか怪しい広さの鍵盤の前で依頼主と話をした。

曰く、戦後間もない頃に、当時、弥子くらいの年であった彼女の祖母の姉、つまり大叔母の為に、曾祖父が無理を言って探してくれた一点物なのだという。
 そして、今晩起きた陰惨な遺産相続の殺人事件を解き、当初の依頼以来を遂行する為に弥子は本館の寝室を抜け出して、離れのこの部屋に赴いた。

しかし、遺書がこのピアノに隠されてるのは間違いないのだが、弥子一人では何をどうして隠してあるのか、どうしても探せなかった。
 そして、その様子を凝視虫で一部始終見ていたらしいネウロが、見るに見かねてやって来て、今に至る。

「何故、ここだと思ったのだ?」

ネウロにそう聞かれ、弥子は、ピアノの前で話す間、祖母がいかにこのピアノを愛してくれていたのかを、彼女がまるで我が事のように語ってくれたからだと答えた。
 ついでに、この鍵盤は今では法律で作れない象牙盤なのだとか、アンティークのマホガニーを使ってるのだとか聞いた気がするが……気のせいだと思いたい。


「まぁ、その歌によって引き起こされた死に『謎』があるというなら喰ってみたいものだが……」
「え……あぁ、どうなんだろ? あるとしたら楽譜とかなのかな?」

なので、僅かに青ざめ、ブンブンと明かりを揺らさない程度に首を振った弥子の思考がネウロの言葉によって、一旦中断されたのは幸いだったかもしれない。
 弥子はピアノの値段や、間接的とはいえネウロに協力を仰いでしまった自分の不手際を嘆くことから逃げ、目の前の新しい話題へと食い付いた。

しかし、食い付いた途端に白い目を向けられ、溜息と共に、馬鹿が……と一蹴されてしまった。

「……結局の所は、ある種の流行や集団ヒステリーというのが真相だろうな。
綾のような希有な例もあるにもあるが、一人の歌ならともかく、オーケストラのような複数の要素が絡み合うもので安定した結果を出すのはまず無理というものだ。
 仮に本当だとしても、鬱気質の人間の心理に作用する旋律ということだから、ヒトの脳を持っているかも怪しい上に脳天気な貴様に作用するとは思えないが……」

再び、ピアノをワニの口のように開けさせ、内側へと殆ど顔を突っ込まんばかりに身を乗り出したネウロに指示されるまま、弥子はネウロの背後へと回り込んだ。
 背後に置かれた、こちらもピアノと同じくアンティークだと分かる連弾用の二人がけによじのぼり、膝立ちになる。

そのまま目の前に広がる筋肉質な背中に負ぶさるようによりかかり、やや身を乗り出す。
 蓋を開ける為に筋肉の緊張したその右肩から、ネウロと同じくピアノをのぞき込み、中がより良く見えるようにと調節して光を当てた。

「ふんっだ、偉そうに……自分だって、人の脳や心の構造なんて、相変っわらず全然分かってない癖にさぁ」

そこまでを従順にこなしておきながら、尚もきふくれっ面を作りもごもごと口を動かした弥子の姿が、ネウロが肘を置く鍵盤の蓋に映り込んだ。
 そして――弥子には見えなかったが、それを一瞥してにやりと笑ったネウロの顔も同じく。

「で、何か言ったか?」
「なぁーんでも! んぶっ!」

真後ろにいるのだから、見えないし聞こえないだろうと、声なく口だけでついた悪態はいとも簡単に見とがめられ、頭を掴まれ鍵盤カバーの上に叩き付けられた。
蓋の木材は、その中の象牙よりは格段に柔らかいだろう。だがしかし、痛いものは痛い。

「全く。自からも率先して、歯形でも付けるかの勢いでピアノに囓り付いて行くなんて流石は卑しき先生ですね!」

聞いている人間など誰もいない事を分かって貫く助手口調。
 先ほどまでピアノに無体を働いていた優雅な手は、暴れる弥子の頭を押さえ付け、言葉の通り、光沢のある黒い表面を歯形と唾液で犯してやろうとでもするかのようにグリグリと押し付ける。

「そら、ヤコ忘れ物だ。よぉーく照らさねば。この暗さでは、証拠も何もよく見えまい」
「ぎゃーっ!!」

弥子の額を懐中電灯に無理矢理押し付け、暗闇に慣れていた眼を信じられないような眩しさを与えた後、ピアノの蓋で首を挟んで、漸くネウロは弥子を解放した。

「うううう……」

頭の奥までを白く照らされたかの衝撃に、ピアノに上半身を預けたままゴロゴロと悶える弥子。
 しかしその衝撃は、弥子の頭に一つの妙案を閃かせたのだった。
 それこそ、遙か昔の作曲家達が芸術の恩恵を受けた瞬間の如く。ネウロに一泡吹かせる手立てを。

「もうっ! 痛いし眩しいし最悪だよっ……!」
「む。人が折角、親切をきかせて明かりを貸してやったというのに」

すかさず伸びた黒手袋の手が弥子の後頭部を掴んで引くままに顔をピアノから上げて、背後のネウロを振り返った。
 強い光源のせいで未だチカチカとする眼では、魔人の表情は分からない。
 それでも、ふて腐れた振りをして発したらしい言葉からは楽しそうな響きが聞き取れた。
 どうやら機嫌は直ったどころか、弥子に楽しくDVを加えたおかげで寧ろ上昇したらしい。
 眩んできかない両眼を瞼ごと片手で押さえつつ、悪巧みに浮き立つ胸の内を気取られないように、弥子は慎重に次の言葉を考える。

「何であんたがそんなにこのピアノが弾きたいのかは知らないけどさ……もしも私が、あんたの弾けないような曲をリクエストしたらどうするのさ?」
「ム。確かに、弾けない曲もあるにはあるだろうが……貴様の脳で我が輩の知らぬような曲名を上げられる確率の方が高いだろう」
「ハイハイ、そーですね……」

僅かに挑発を織り交ぜてみれば、やや不機嫌を纏った相づちと、傲慢な返答が返って来た。
 それに頭に来てふて腐れた振りをしてそっぽを向き、眩んだ状態からやや回復して来た視力でちらと相手を覗えば、明らかに楽しんでいるのが分かる。
 これなら行けるだろう、と当りを付け、弥子はたった今思いついたように、あぁっと小さく声を上げ、再びネウロの方を向いた。

「ならさ、一つリクエストするよ。まさか、あんたに弾けない事はないと思うんだけどさぁー」
「……何だ。言ってみろ」

言葉の端にプライドを挑発するような言葉を選べば、やはり弥子の予想通り、ネウロは簡単に乗って来た。

「ねぇ、もしもあんたが何も弾けなかったら?」

ピアノから離れた弥子は、鍵盤の蓋を開けたピアノの前、両手の長い指を蠢かせて手袋を直すネウロの横に立ち、その手元に懐中電灯を当てる。

「そうだな……その時は休みでもくれてやろうか」 
「うわぁ……自信満々だねぇ……」

 ネウロは弥子が提示した賭けを受け入れ、そのリクエストに応えてピアノ曲を一つ弾こうとしている。
 もし、弥子のリクエスト通りの曲をネウロが弾き、尚かつその曲名を弥子が答えられなかったなら。

「ねぇ、私が負けたらどうな……うわぁ……」

今は明言されていないが、弥子には後々、様々なペナルティが待っているらしい。
 思わず、弥子が言葉を忘れるような目映い笑顔から察する限りでは。
 そして、ネウロ側の条件はたった今の会話で決まった。これで賭けのスタートである。
 
「ハンデとして、マイナーな国の民謡や流行歌は避けてやろう。有り難く思うがいい」

その一言と共に鍵盤の上に、長い指先が影の落ちるようにさり気なく置かれ――弥子は小さく喉を鳴らす。
 あんな曖昧なリクエストに、人の感情が読めない、つまり、人を主観で分類する事ができないネウロに答えられる訳がない。

そう思ってリクエストしたのにも関わらず、弥子は緊張している。自己のイメージと向き合う時の恐怖を感じている。

「では、行くぞ……」
「……おうっ!」

弥子の返事を待って、黒手袋の指先が鍵盤の上を滑らかに滑る。
 その優雅ささえ感じられる動きに反し、紡ぎ出された音は、子どもの頃に何度も聴いた、または、夏によく聴く童謡で……。

「あれ……これって……?」

それは、『きらきら星』のメロディだった。クラシックでもなければ、特定の国の民謡でも流行歌でもない。誰でも歌える。単調な旋律だった。
 
「……Twinkle, twinkle,」

――覚え込まされるように何度も繰り返されるうちに、ずっと昔、中学生の頃に英語の授業で習ったフレーズを、思わず口の中で呟いてしまう、くらいに。

リクエストの内容が内容なので、自分にはこれで十分だと言われているような気がして、少しだけ心臓の辺りが冷え込む。

しかしそれは、この寂し過ぎる空間と旋律のせいかもしれないと、弥子は思い直した。
 たった二人きりの広い娯楽室の中、子どもでも弾ける単調なピアノのメロディ。

重なったその二つの旋律は、まるで一本の糸を手繰るようにして、紡がれると同時に、防音のカーテンや壁に、暗闇に、いとも簡単に飲まれていくからだ。
 懐中電灯の明かりのした、互いのピアノと歌しか聞こえない。

それは、真っ暗な中で遠く離れたお互いの光でしか互いを認識出来ない星になったような物寂しさを弥子の心の中に芽生えさせた。
 ピアノか歌、どちらかが止んでしまったなら、もうこの小さな暗闇の中で一生互いを見つけられなくなってしまいそうな、そんな、心細さ。

不意に、繰り返された単純なメロディは三巡目を数えた所で、ふと音階が変化した。かと思えば、急に、さっきまで無かった音による連弾が始まった。
 変化に付いて行けず、最初の節を歌いかけたまま、口を半開きに呆然とする弥子を余所に、曲は再び聞き慣れたフレーズに戻って来た。

ただし、主線のメロディはさっきまでと同じながら、明らかに、より多い音を混ぜて叩かれている。まるで、別の曲を沿わせて演奏しているかのように。

「え、あ……Twinkle, twinkle, 」

そう複雑な音を弾きながら、鍵盤からちらりとこちらを見上げた視線に促されたように感じ、弥子は舌の上に再びぎこちない英語を乗せた。
 その後も黒手袋の両手は鍵盤の上を滑り、まるで沢山の星が流れるように複雑な音を奏でて行く。

元の曲からは全く似ても似つかないメロディを奏でたかと思えば、また複数の音階が混じった主旋律に戻り、また外れて。

まるで一つの星の物語に、別の星々の物語が現れて離れ、また重なって行くかのように。

「little star……」

気付ば、零れるような音の変化に夢中になって、もう心細さは微塵も感じなくなっていた。
 ポロンと、最後の音が零れた後、その余韻を打ち砕くようなド−ンという複数の音が混じった騒音が、ぐわんと壁に反響するまで。

「よし、どうやら見つかったようだ」
「あっ……ちょっ、と……!」

黒手袋の両手で鍵盤を叩いたまま身を乗り出したネウロは、弥子が止める間もなく開けた蓋の間からピアノに肩まで左腕を突っ込んだ。
 かと思えば、次にその腕は何か、小さく畳んだ紙片のような物を、鍵盤を叩くハンマーの間から引っ張り出して引き抜かれた。

「まぁ、隠し方としては古典的だがな……」

 渡された紙片を広げると、その端が黄ばんだ紙の片面には達筆な毛筆で『遺言状』という文字が見て取れる。

「うわぁ……表書きもベタな感じ……」
「まぁ、家主の趣味なのだろうな」

そういえば、最初にネウロも同伴で事務所で以来内容を聞いた時、依頼主の祖母は無類の古典ミステリー好きなのだと確かに聞いた気がする。が。

「何だ、いつのも増して間抜けな顔をして……」

両手で紙片を胸に抱えたまま、弥子は大きく眼を見開いて驚いてしまった。
 そんな事、ネウロは覚えていないか、全てを弥子に任せて聞き流していると思っていた。または、仮に覚えていたとしても、わざわざ口に出すこともないだろうと。
 ネウロは今日、例え適当な選曲だとしても、一応は弥子のリクエストに答えようとしてくれた。

そして今、依頼人の『謎』とは直接関係しない話にもちゃんと興味を持っていることが分かった。
 やはりこの魔人は、少しずつ変わって来ているのだろう。弥子に辛うじて分かるような速度で、ゆっくり、ゆっくりと。

夜空の星同士のように遠かった距離が、弥子に届く所まで――人の心に届く所まで、近づいている。

「私も、負けてられないなぁ……」
「何か言ったか」
「ううん! それよりさ、早くコレ届けちゃおうよ!!」

依頼主の寝室と自分たちが与えられた部屋のある本館に戻ろうと、弥子はネウロの横をすり抜け、扉に向かって駆け出した。
 が、ネウロとすれ違う瞬間に、思い切り右腕を引かれ、まるで引き綱を引かれた犬のように跪く形になってしまった。

「いったーっ! もーっ、脱臼とかしたらどうすんのさ?」
「で、貴様。さっきの曲名は言えるか?」
「う……っ」

すっかり……忘れてた。
 弥子が出したリクエストの曲名を、ネウロが弾いた曲の名前が分からなかったなら、弥子の方がペナルティを負う約束だ。

「えぇと……『きらきら星』、かな?」

恐る恐ると言葉を発した途端、相手が口元を引き上げただろう事は、顔を上げなくても分かった。
 さっきの曲は、メロディの『きらきら星』だったが、全体の内容が全く違う。

「残念だったな……」
「うーっ」

むっと頬を膨らませてみたものの、約束は約束だ、さっさとしろと急かされ、弥子は立ち上がり、スカートの膝を軽く叩いて埃を払った。
 そのまま背伸びで眼の前の長身にとびつき、その項に両腕を回し、薄く冷たい唇に自身のそれを触れ合わせる。

「ん……」

催促するように唇の端を舐められ、自身も舌先を伸ばして答える。学校の音楽室を思わせる防音の娯楽室は、互いの頬の内側、舌先と舌先の奏でる水音を、いっそう増幅させているようにも感じる。
 すぐにでも身体を離したいが、生憎、いつの間にか背中には、しっかりと腕が回って羽交い締めにされている。

「っぷはぁ」

漸く唇を離した瞬間の、自分の息の音さえ、じわりと反響したように感じて、更に頬が熱くなる。
 これでいいかと、覗うように見上げれば、ぺろりと軽く唇を舐めた後に深緑の眼を細めた。

「やはり、まだまだ調教の余地があるな」
「……っ」

耳まで真っ赤になって、弾かれたように身体を離し、一気に駆け出した小さな身体は、ドアの前でぴたりと止まった。

「そういえばさ……」
 くるりと振り返ったその頬は相変わらず赤く、潤んだ茶色の瞳はネウロのそれに合わせられることなく、不自然に揺れて、泳ぐ。

「その、あの曲ってさどうして……私のイメージ、だったの……?」

覚悟を決めた様子で勢い付けて一気に発されたものの、語尾が尻すぼみに萎んだその問いに、ネウロは抑えた笑いで答えた。

「それくらいは……自分で考えろ」


作りとして今回拘ったのは、16歳とも19歳とも取れる書き方ですかね。曖昧にし過ぎて自分で分からなくなり、おかげで結構苦労しましたw
ピアノの事全然分からないので、弾き方、機構の名前は割愛で。
曲は、モーツァルトの『キラキラ星変奏曲』。最初、キラキラ星にしようと調べているうちに惚れ込んでしまいました。
書いているうちに当初より複数の要素が絡み合ってしまったので、そのうちにちゃんと頭から書いて本にしてみたいなーなんて誘惑にかられてたりします。

かぷさん一周年おめでとうございます! そんな思いも含め、良ければお収め下さいませ!


date:2009.10.11



Text by 烏(karasu)