ヤコーン話


08年03月06日 つきさまの絵チャで書かせて頂いたお話です
ヤコーン描こう! ということで、ヤコーンを書かせて頂きました

桂木山の野弧姫のこと


今は昔、西京のお山の桂の林の中に、香木を卸して生業とする立派な御殿を構える家があった。

そこに住む桂木の姫君は今日も御殿を抜け出し、林を抜けた少し開けた野原の斜面で、切り株に座り、ふさふさとした尾に顔を埋めて日課の毛繕いをしていた。

地味ではあるが仕立ての良い単衣を纏い、その頭からすっぽりと被った薄衣の下から見えるのは女にしては短い日向の色の髪の毛と――これはよくよく見なければ分からないが、髪と同じ色の小さな三角の耳。

踝までの若草の生えた野原を取り巻く桂の木々の間からは、姫の毛色によく似た低いお天道様がきらきらと瞬いているのに栗色の瞳を眇めて暫し見とれた後、再び尻尾へとその顔を埋める。

姫は、朝餉の後のこの一時をとてもとても気に入っていた。
 勿論、何かを食べている時や、人の作る人工の、自然物に無いあじを持つ食事に巡り会えた時や、お腹いっぱいで丸くなる時こそが人生最上の瞬間ではあるのだが、それとこれとは話が別なのである。

……と、頭に浮かんだ檜扇を翳して皮肉たっぷりに笑う顔に知らず言い訳していた事に気づいてはっと眼を見開くと、次には不機嫌そうに頬を膨らませ耳を寝せ、その残像を追い出すように強くかむりを振った。

ブンブンと勢い良く振った頭から落ちそうになった薄衣を、あわてて耳の上までひっぱり上げ、開いた着物の裾から出して膝に置いた尾に、思い切り顔を埋める。

余計な毛を透いたばかりのふかふかの尾からは、野原と太陽の匂いがして、自分の身体でありながら、まるで別の生き物のようで愛しく思う。

思わずひくひくと震える耳。ついつい緩む頬を更に埋めて、赤ん坊のように抱き寄せてから顔を離し、そして、がたがたと短い浅黄色の自分の御髪を撫でて、栗色の瞳を伏せてふぅと溜息を吐く。

冬が終わって毛の生え替わる頃の、この不揃いの短い髪には余り自信がないが――勿論、長い時も癖があって真っ直ぐ伸ばす事が出来ないのだが、その分、姫君はこの尾にだけはそれなりの自信を持っている。

なのにあの男と言ったら、その尾を見て「何だ畜生か」と、一笑に臥すだけならまだしも、わざわざ、履物を履いた足でもって、ぐりぐりと踏みつけたのだった。

しかも、人の事を畜生呼ばわりする自分はと言うと、人間の真似をして礼儀として名乗った通名から真名を簡単に見抜いて以降、無礼にも真名で、しかも敬称も無く呼び捨てるのだった。

文も交わさず側仕えも介さずに。直接に訪ねて来ては、楽しそうに眼を細めて、ヤコ、ヤコ、ヤコ。と何度も何度も。

思い出した表情に、鼻の頭に皺を寄せて耳をブンと一つ振る。どう考えて見ても、男は姫君に対して本当に無礼で嫌な奴だ。なのに何故。

姫君は毎朝、御簾を捲り上げて塀を乗り越えて屋敷を抜け出すという、人に知れたら恥ずかしいようない真似をしてまで、ここに来てしまうのだろうか。

聞こえた、ガサガサという草の音に思考するのを止め、思わず切り株から飛び上がり、薄衣を更に目深に被って隠した耳を澄ます。

木沓が地面に当たる音、その足音の重さ、早足で道を急いでいる癖に、数尺前で鷹揚になる歩幅の癖は間違いなく。

姫君はクスクスと笑って、目深に被っていた薄衣を肩に羽織るような格好に落とすと、より良く音を拾う為に傾けた耳と同じ方向に向き直り、今しがたガサガサと揺れ始めた藪に、首を僅かに傾けて笑いかけた。
「全く、遅かったじゃないのさ!」
 その無礼で嫌な男は、今日も一刻も違わずに、ついでに来たかのような顔をして、姫君の前に現れたのだった。


平安と室町の丁度間あたり、童話のようなイメージで。
設定という物が出来上がったので、チャットの時から、珍しく勝手に加筆しましたw
主催者様、参加者様のみ、煮るなり焼くなりお好きにどうぞv


date:2009.03.06



Text by 烏(karasu)