――駅とコンビニが近く、眺めの良い一等地にあるビルの最上階。
謎とヤコと、我が輩だけのある空間。
我々は食料の為にそこで世間を欺き、所謂探偵というものをやっている。
「ちょっ、待ってよネウロ!」
「チッ、愚図め。早く支度しろ、謎の鮮度が落ちるだろうが」
ヤコは小さく、そしてウジ虫なみに鈍く弱い。
成績は下の下、特技は大食いのみで、癖はボケに対する突っ込み。座右の銘は「対等でありたい」。
頭は腐った豆腐が目一杯に詰まっているかのように悪く、身体は至って貧相だ。
だが――
「うぷっ!? 何、急に立ち止まって。……大人しく待たれても、ソレはソレで怖いんですけど……」
「フンっ、」
「い――ったたたたっ! ちょっ、やめてよそういう脈絡のない暴力っ!!」
――ヤコは、可愛い。
あなたが作るささやかな影の中で、世界から切り離されて完全に隠された、あなたのアイで有りたかった。
それと同時に――、親でもきょうだいでも主従でも、いつであってもあなたの家族である事が出来ればと思っていた。
正直、それだけでもおこがましい願いなのだとは知っていた。
家族で『いたかった』、ただそれだけの感情が促すまま、そして彼に望まれるまま、時には母親のような、ある日は妻のように恋人のように。
お互いの求めるままの心地良い馴れ合いを繰り返し続けていた。側にいることができるならそれだけで良かった。
――ただ、それだけだったのに。
そうした日々をいくつも過ごすうち、いつの間にか私には、彼の家族を『作る』という新たな選択肢までもが用意されていた。
私の生と死、そしてどういった立場で接するべきか、さらにはそんざいする理由までもを決めるのが彼である以上、
腹の中に在る、この生き物のことを――我が子と呼ぶか兄弟とするか赤の他人として捨て置くか、生かすか殺すのかさえ――決めるのも、また彼である。
しかし、その決断を仰ぐにはまずコレの存在を知らせる必要が有り、私は未だにそれを躊躇い、遂行出来ずに寂々と日々を過ごしていた。
勤めて事務的に、かつ、より少ない言葉で。
こうした内容を、口に上らせようとしては言い淀み、成る程、これを『気恥ずかしさ』と呼ぶのかと、
生まれて以降、自己でコントロール出来る範囲での乏しい感情しか所持することを許されていなかった心で初めて知った。
平生から、コレを抱えて生きているといわれる、丁度あの偽りの探偵と同じ年頃の娘達に、他人事のような同情を寄せてみたりもした。
そうした逃避を、何度も何度も繰り返し続けたその後に。
あの時、あの瞬間のあなたを見た瞬間、私は自分自身について一つだけ確信することが出来たのです。
あなたの笑顔を愛しいと思う、それと同じくらい無邪気に、胎内におさまるこの生き物が笑う所を想像し、それだけで、心臓が苦しく、温かくなる。
名の知れないその感情を、人は『母性』という名前で呼んでいるのだと。
私は、この子を世に送り出す事に、最初から何の躊躇もなかったのだと気付きました。
それで、やっと決めることができたのです。
この子や私があなたににとってどんな位置付けであったっていい。
それでも私は、この生き物の親でいたいと。
それだけが、私があなたに唯一伝えられる判断材料であり、唯一の事実であるのだと。
だからサイ、ここからあなたと無事に帰ったら、回復の為に食事を用意して、そして告げます。
サイ、私は――――
…………。
『まずは探偵コンビから』
弥子「ねぇ、あんたが推理を終えて謎を『食べる』タイミングって一体どの辺で決まってるの?」『怪盗の場合』
アイ「サイ……あなたは何故、あの人外の男にそこまで興味を抱くのですか?」『シックスにも言わせてみる』
「囁くのさ……私のゴーストが……。万物全てにおいて、ソレが最も凄惨に、そしてより残酷な方向に壊れる為に傾く瞬間を!」『匪口さんにも言わす』
匪「囁くんだよっ……俺のゴーストが! 最適な売値を! 今から上がるレーベルを!!」『再び探偵コンビに戻る』
ネ「で? 貴様のその底なしで以上な食欲は一体どこから来るのだ?」