とにかくさ、そんな感じな不快感覚え出して読まずにいられないの……解らなくて、どっちにしろ気持ち悪いの」
ネ「ほうほう」
弥「……って、何なのその満面の笑みは!? すっごく嫌な予感がするんですけど……」
ネ「──つまりソレは、『脳髄の空腹』に近いのだな……」
弥「えっ? わっ!」
ネ「……成る程、中々見込みの有る我が子ではないか」
弥「ちょ、いきなりお腹撫でないでよ、擽ったいから。……ね、まさか一生このままって事は……無いでしょ?」
ネ「……食欲も普段のままなのだから、まず問題ないだろう。それに──」
弥「つッ! いっ……たぁ……」
ネ「──我が輩、自身の喰を脅かす者に容赦はしないからな……世に出る前に覚えておくが良い」
弥「っぅ―、妊婦の腹に爪を立てるな! てか、生まれる前から変な脅しかけてんじゃないわよっ!!」
ネ「何を言う、胎教だ」
弥「余計にタチ悪いっての!? 全く……こんなのが父親とか、本当に信じられないよ……」
ネ「フン、貴様が母親になるよりは充分あり得る事だろうが」
キュキュキュ……ッ。
ネ「ふう……よし。ほれ、この鏡で見てみるがよい」
弥「もうっ! ……うわぁ─、わざわざ鏡文字になってやがる……。
──へぇ、翅那、か。あんたにしては随分とまともな感じだね。由来とかあるの?」
ネ「………いや…」
弥「……何、その微妙な間は。で、何であからさまに顔背けながら言うの?」
ネ「何でもないと言っているだろうに……」
弥「ハイハイ、分かったわかった──って、何いきなり脱がせにかかってるのさ!? 流石に産後でそれはキツいから! お腹とか……色々まだ痛いから……ッ!」
──やがて、自らの翅を大きく伸ばし、庇護という名の羽毛から脱する時、彼女は一体、魔人にとって何と那(な)ろうか?
相変わらず虐待も容赦なくされたけど……ボティーブロ−とか、お腹へ直接入れるような攻撃は一応避けたり、
腹ばいに倒れ込ませない位には加減してくれてありがとう。あと、ぶつかったりして転びそうになったの支えてくれたりとか、ある程度重い物は吾代さん呼んで運ばせてくれたりとか──産むの、許してくれて……そのぉ……」
ネ「ありがとう……、か?」
弥「うぅ、…うん!」
ネ「フム……。――ヤコ」
弥「な、なによっ!」
ネ「貴様は今、嬉しいのか?」
弥「う−ん……。色々込み上げ来過ぎてよくわからないけど……多分そうなんだと思う……けど、それがどうしたの?」
ネ「生憎、適切な言葉を知らんのだ。なので、一先ずは貴様に従う事にしよう……」
弥「はぁっ? あんた、一体何言って──」
ネ「ありがとう、というのだろう? ──よく分からぬが我が輩は今、恐らく…嬉しいのだ。ヤコ」
腕の中、ぎこちなく抱えた赤子は小さく頼りなく、くったりと力の抜けた座らない首を支えるこの手に、あと少しでも力を篭めれば簡単に潰れてしまいそうに思う。
なのに、その当の生き物といえば、泣きも起きもせず、安心しきったように脱力し、魔人にとっては無いに等しい質量の全てを預け切り、すうすうと呑気に寝息を立てる。
「目が開くのは、もうちょっと先だってさ」
綴じ合わさった小さく薄い瞼にそっと指を這わすと、寝台に半身を起こした女が言う。
クスクスと喉を鳴らし、楽しみだね、と。
「一体、何がだ?」
「眼の、色が」
魔人の問い掛けに、弥子は自身の見開いた片目を指差し答える。
「一体、何色なんだろうな、って。黒か茶色か、あんたみたいな翠色か……。ね、どっちだと思う?」
「さぁな……」
その色を最初に知るのは一体どちらなのだろうか。
その瞳に、自分は、彼女は──自分の存在を容易に受け入れ、未だ魅了して止まないこの世界は一体、どんな色に写るのか。
その腕に『娘』を抱いた、ロジカルな存在である魔人のリリカルな想像はどこまでも尽きる事がなく。