この季節、普段は夜中に手足が冷えて目が覚めるのに、今夜はそれが無かった。
まどろみ寝ぼけた意識の中で、三つか四つの頃、おとうさんと一緒に寝ていた時に感じていた懐かしい温かさが身体を包んでいた気がする。
隣の座敷で姐さんが唄う声が聞こえて来るのを聞きながら、
目を閉じたままで私の小さな身体なんかすっぽりと覆ってしまえるような、その温かさに擦り寄った。
そうしたらそのあったかい「何か」が更にぎゅうっと包み込んでくれたような感覚。
私はますます幸せで、そして凄く懐かしい気分になった。
本格的に目が覚めて、この感覚が無くなるのが怖かったから。
きっと今、小さい頃の夢を見ているんだ。
なんて自分で無理やり納得して、また本格的に寝てしまった。
翌朝――
何故だか開いていた雨戸から、盛大に吹き込んだ冷たい風に頬を撫でられて目覚めた。
昨日、確かに閉めていた筈なのに。
そんな風に記憶を確認しながら掛け布団を捲くった。
そうしたら、見たこともない猫が私のお腹の辺りで丸くなって寝ていたのだ。
金色がかった滑らかな毛皮のその猫は先だけ黒い両耳をヒクリ動かし、大儀そうに緑の目を開いた。
あまりの驚きに朝から間抜けな叫び声を上げかけた私を、
「煩い…」と一蹴するかのように。
<西洋名:長靴を履いた猫>
表を掃く為に降りてきた弥子が腕に抱えた猫を見、理由を聞いた大旦那は大げさに目を丸くして言った。曰く、
「明治の最初の頃、興信所の真似事で一財産稼いだ男が居たんだがナ、聞いた噂によりゃ、ソイツの羽振りが良くなったのは奇妙な毛色の猫を拾ってからなんだと言う。丁度、お前が今抱えているような――」
懐から取り出した煙管を咥え、マッチを擦りながら旦那は続ける。
「そいつ、寝てる間にお前の寝所に忍び込んで来たんだと? 「福」を客に取れるたぁ、お前も一人前になったもんだ!」
気前良くけらけらと笑う声に今度は自分が目を丸くした弥子は、紫煙を吐き出し「良かったな」と頭を撫でる旦那と、半纏で包んで腕の中に抱えた猫とを交互に見遣る。
朝の寒さに頬を紅潮させながらはにかんで、しばしばと目を何度も瞬かせるその所作は、この場所にはあまりに場違いで、そしてあまりにあどけなかった。
なので旦那が去った後、横でそのやり取りを見ていた姐様連中は嫌な笑いを浮かべて皆で囃し立てた。
「禿(かむろ)の二口女なんざに、福の猫神様は勿体ない。どうだい猫様や、あきちとあそばねかぃ?」
「いんやあきちと遊ばんせ?……おお、ようようみりゃ中々男前な顔前でありんすなぁ。こりゃぁ益々、二口女にゃ勿体無い」
「そいつはちがいねぇね!」
綺麗な顔を醜く歪ませげらげらと下卑た笑い声を上げて話す姐様方を弥子は悔しさに唇を噛んで睨みつけ、腕の中の猫を咄嗟に強く抱きこんだ。
なので――気付けなかったのだ。
猫が、先ほどまで眠たげに閉じていた緑の目を大きく見開き、自分を抱える彼女を見上げ、
微笑するかのように白い牙を剥いた事に。