甘えネウロさん


twitterにて、とある方のお誕生日祝い。「甘えネウロさん」です。
区切ってシナリオに書き直せる書き方の練習などしてみました。

※三年後設定


 甘えるっていう行為は、有限じゃないんだって誰かが言っていた。
 あ、テレビだったかな。家庭科の雑談だったかも。
 昔は甘えたらずっと甘えっぱなしだと思われていたけど、本当は、ご飯と同じ。
 例えば、いつでもお腹空かせてる私がちゃんとお腹いっぱいになるみたく、
 どんなに甘えんぼでも、甘えは絶対に満たされる。
 そして、お腹いっぱいに甘えて、満たされたら勝手に離れてくんだって。
(小さな子どもなんか、そうだよね)
「そうそう。じゃあさあかねちゃん」
 弥子は同意を返した後、ちらりと後ろを振り返り、またあかねを見た。
「お母さんにべったりのうち、好きなだけ甘えさせると、どうなると思う?」
(えぇと…)
 髪に櫛を入れながらそう聞く弥子に、あかねはまた、少し思考を巡らす。
 そしてすぐ、三つ編みに整える為に分けた房の一つを取り上げる。
 それをパソコンのキーに落とし、いつもより少しゆっくりと文字を打ち込んだ。
(癖になってずっと甘えるって研究者もいるし……)
「――最近だと自立が早くなるんじゃないかって」
(それは、お腹いっぱいになるから?)
「うんっ。私が思うにね」
 話しながら、あかねの髪を梳く弥子が差し出した手。
 その上に、キーから離した一房を委ねる。
「自分がいつでも何処でも、ちゃんとお腹いっぱいになれるってわかると、安心して何処にでも行ける。そういうことなんじゃないかなって」
(探偵さんらしい意見だね)
「えへへ、そうでしょ?」
 受け取った弥子が慣れた手つきで三つ編みを作る。
「だから、満足したら離れるんじゃないかなって……はい、できたっ」
 編み込んだリボンと同色のリボンを編み終わりに巻いて。
 弥子は座った椅子の上でうーんと大きく伸びをする。
「って訳で、あんた私に引っ付いているんだよね?」
「まぁ、大体そんな感じだな」
 続いて、背後から低い声と共に、弥子の後ろから伸ばされるスーツの手。
 後ろから伸びた手に頬をつつかれた弥子が、むぅと小さく声を漏らす。
「だから、おとなしくこのままでいれば良い」
「もーっ」
 頬から離れ、腹の上で交差した腕に手を掛けて。
 弥子は振り返りながらツンと口を尖らせた。
「こうなるまえに、毎日堂々と甘えればいいんだって。ねぇ、ネウロ」
「――知るか」
 椅子の後ろに膝立ちになった長身の男、ネウロは、小一時間ほど前からこの調子だ。
 弥子にぺったりと張り付いて、一向に離れない。
 そのせいで、普段は立って行なうあかねのトリートメントも椅子に座って行なっている。
「もー。今日はあかねちゃんに構う予定だったのに」
「我が輩に小まめな充電を進めるというのなら、此度の此は毎日充電させない貴様の責だ」
「それは……まぁ…謝るけど」
 素直に拗ねられると、それはそれで、弥子は何も言えないようだ。
 何日も事務所を空けたのも本当なので、反省もしているらしい。
 だが。
「口先だけの謝罪は要らん。ただ、いつもの通りにしてれば良いのだ」
「自分より重たい人間引きずっていつも通りに動けますかっての」
 背中に覆い被さって、背もたれ宜しく張り付かれる。
 それは、気心を許した者が相手でもかなりのストレスだろう。
「ヤコ、人間の可能性は有限だぞ?」
「……あのねぇ」
 しかも、ただ大人しく張り付いているだけでないとなったら尚更に。
「ム……せめて大胸筋でも付けば多少は底上げ出来るのではないか?」
「きゃはははっ! も、揉まないでくすぐったぁひゃぁあっ!!」
(お湯、零さないように気をつけて下さいよ……)
 あかねをトリートメントするその間のネウロはといえば。
 弥子の関心が少しでも余所に行くと、こうしてちょっとかいを掛けるのだ。
「ひんっ……甘えじゃない、これ甘えじゃないからぁ……!」
「おおしまった。今日は貴様を喘ぎねだらせるのが目的じゃなかったな」
「あかねちゃんー。こいつ耳元でてへぺろって言ったぁー。きしょいーっ」
 ひとしきり擽られたり揉まれたりしたことで笑ったり鳴……泣いたりして汚れた頬を一舐めし。
「ひぐっ!」
「さて、続けるか」
「あいあい……」
 ネウロは再び、本人曰くの『甘え』へと戻っていった。
 肩口に顔を埋めてズリズリと額をすり付ける。
「という訳で、我が輩は勝手に甘える。貴様も勝手に過ごせ」
「だーからー。でっかいコブが付いているせいで、勝手に出来ないだってばぁ。買い食いとか、買い食いとか」
「拾い食いも数に入れておけ」
「拾い食いはしないっ!」
 服に顔を埋めたまま、くぐもった声のツッコミに、弥子は顔をしかめる。
「……てへぺろ」
「棒読みうざっ……」
 上半身からまた腹に下りた両手と共に、肩に乗せられた顔も背中の後ろに引っ込む。
 続いてずりずりと背中と肩の交差点に押しつけられる額にびくりと肩を一つ震わせて。
 弥子はあかねの方を向き、わざとらしく肩をすくめてみせた。
  ね、困った奴でしょ? とでも言うように。
「せめて、早く満足してよね。ネウロちゃんったらいいこだから」
 弥子は、にやりと笑うとそうはやし立て、再び自身の首元に埋められた金色の後ろ頭を軽く梳いた。
「こわい夢でもみましたかー」
「チッ」
「……わかった、少し黙る」
 その、完全に舐めきった扱いに軽く舌打ちが返り、同時に、首に牙が立てられた。
 が、弥子の細い腹に回ったその大きな手にはまった皮手袋が軋むくらいの力が籠もった。
「……ふふっ」
 そして、暫しの無言の後。弥子から漏れる小さな含み笑い。
「じゃあ、今日は何時間コースですかお客様?」
「……答える義理はない」
 そのぞんざいな言葉と裏腹に、金の頭を撫でる手は繊細にうごめく。
「ほぅ……」
 撫でられた方は呆れの溜め息とも恍惚の吐息ともつかないものを吐き。
 猫のように目を細める。
「なんなら延長で肩叩きも付けますよっ」
「誘うなら、もっと媚びを売れ。何なら手伝ってやろうか」
「ぎゃああっ! 脱衣とおさわりは別料金ーっ」
 一見はただの、痴話喧嘩。
 しかし、見れば見る程、いちゃついているようにしか見えない。
(……)
 が、それを一々指摘しないからこそ、あかねは信用されている訳で。
 でも、あかねもネウロ程でなくとも弥子に構って欲しい訳で。
(……それにしても、かわいいリボンだね、これ)
 妥協案として、毛先に結んでもらったリボンを揺らした。
「でしょっ? 美味しそうなみかん色で冬っぽいかなぁって」
 弥子曰く『みかん色』をした緑とオレンジのギンガムチェックのリボン。
 それはオレンジの香りのシャンプーも相まって、本当のみかんのようだ。
「バレンタインにはチョコ色のリボンとシャンプーにしようねー」
 こくこくと頷いて、差し出された小指に毛先を絡める。
「ゆーびきりげんまん!」
 快活な声で歌う弥子がぶんぶんと軽く指を振る。
 机に肘をつき、楽しげに笑みを浮かべる弥子。
「うーそついたらーはりせんぼんのーますっ!」
 後ろのネウロは相変わらず長身を丸め、華奢な背中に顔を埋めている。
 ――まるで、その背中を、身体を通してじゃないと、息が出来ないみたい。
「じゃ、今日はとことんあかねちゃんとおしゃべりするよっ!」
(うんっ!)
 明るい声に考えるのを止め、大急ぎで肯定を返す。
 そして、まだ聞いていないことを思い出した。
(ねぇ、探偵さん)
 ネウロが甘えている理由と、弥子が事務所を空けていた理由を。
「ん? どーしたの、あかねちゃん」
(えぇと……)
 返事を一気に打ち込もうとした毛先を。
 一応、弥子の背後を恐る恐るとのぞき込む。
 ――聞いて、いるだろうか。
「……ム…」
 いつも否応なしに割り込んで来る言葉の代わりに、むずがる赤ん坊ような吐息が背後で聞こえた。
 少なくともあかねが見回した様子では、凝視虫は飛んでいないようだ。
 ほっと息をつき、続きを打ち込む。
(今日は……何だったの?)
 一応、盗み見られても言い訳が立つ、曖昧な内容で。
「あっ、なるほど」
 あかねの意図を汲み取ったのだろう。
 弥子は軽くウインクをしてみせた。
「そうなの、今回誰かさんのせいで特に凄く忙しくてさぁー。ほんと、死ぬかと思ったよ」
 意図的に、死ぬ、と言う単語をやや大きく発音した。
 すると、背後から回され弥子の胸の下で組まれていた腕が、ぴくりとふるえた。
 死、という言葉に反応したかのように。
「焦って、独断で人質と交換で交渉のテーブルについたのはマズかったよねぇ」
(そんな危ないことしてたんですか!)
 思わずそう打ってから、弥子の顔を睨むついで、また、腹に回った腕を見る。
 一時だけだったらしい震えは、既におさまっている。
(……だから、こんな顕著な『発作』に)
「そうそう、おかげで今日まで、トリートメントも出来なかったし……本当にごめんね」
 が弥子は、一層自分を強く拘束する手を何度も撫でながら困ったように目を伏せた。
(探偵さんが悪い)
「うん……反省してる」
 あかねが糾弾したのは、勿論自分のトリートメントのことではない。
(私だって心配する)
「うん……トリートメント剤が、時間置いたらベタベタになるの、わかってほうっておいちゃった」
 私が不用心なせいで、と続いた弥子の謝罪も、あかねに対してではない。
 どれも、充電と称してひたすら弥子にくっつくネウロのことだ。
(まだバレて……ないかな?)
「うーん、基本、私って何かに集中してると周りが見えてないから……」
(もう少し続けて大丈夫?)
 聞かれたくない会話の時、近頃の弥子は専らこの手を使う。
「大丈夫、大丈夫! 全然気にしてないよ! 寧ろ気を遣わせてごめんねあかねちゃん」
 あかねの筆談や誰かとの電話への適当な返事の中に答えを盛り込んでいく。
 聞くだけだと当たり障りの無い会話なので、聞かれてもまず気づかれない。
「無鉄砲も猪突猛進も、どれも、私の悪い癖だよ……ね、ネウロ」
「……」
 話を振った途端、また弥子に絡めたまま力を込める腕。
「じゃ、今度こそ集中して、ガールズトーク続けようか」
 弥子はもはや、椅子に座っているというより、椅子ごと包まれるような体制になってしまっている。
 どんどん、後ろに引くように抱き寄せられているせいで。
(……今日はいつもより酷いね)
「やっぱり? 飛行機で少し休んだんだけどまだ足りないみたい」
 あかねの方に体重を掛けてバランスを取りながら、弥子は曖昧に笑った。
(飛行機の中から、ずっとこの状態?)
「うん、今日はちょっと、ちゃんと寝ようと思う」
(……)
 その一言をどこまで深読みするかは置いておき。
 秘書としては、他に把握しておきたいことがいくつかある。
(それで、何日くらい掛かりそう?)
 弥子は小さく苦笑を漏らし、そして小さなため息を吐いた。
「うーん……三日も空けちゃったから、最低でも三日分は食べたいよね」
(!?)
 そこで、あかねは思わずキーボードから飛び退いた。
 ネウロが、気に入りのぬいぐるみに抱きつくようにして弥子の頬に頬ずりをしたからだ。
「あっ、今日のトリートメントも、それくらいの気持ちで丁寧にやったからね!」
 しかし弥子は動じず、自分にくっつくネウロを振り返り、頭に頬を寄せる。
 ポンポンと、宥めるように撫でると、安心したようにまた、背後に潜る。
「はぁーっ」
 あかねと弥子は顔を見合わせ、同時に溜め息を吐いた。
(三日……災難だね)
「うん、全くだ」
 そうは言うものの、返って来た笑顔と声は晴れやかだ。
 脱出を諦め、背後のネウロに完全に体重を預けている。
 弥子の言い方だと、まだ救出から数日、帰国からは一日しか経ってないのに。

 弥子とネウロが三年越しに再びコンビを組んで一年。
 時間の流れと共に、色々なことが変わって来た。
 大人びた外見、より複雑になった依頼。そして、生活習慣。
「何だか……私の方が充電器に繋がれてるみたいじゃない?」
(確かに……)
 その中の一つが、この、はた迷惑な充電だ。
「……クク」 
「あんた、今凄いえげつない想像したでしょ。裸首輪にリードみたいの」
「……」
「図星かよ! てか、返事の代わりに揉むなっ」
 普段の依頼なら月に一回。
 今回のように弥子に危険が迫ると今日のように。
 こうして弥子にべったり張り付いて、とことんまで甘え続けるのだ。
「……一言くらい喋ったって、ぬくもりは逃げないよ?」
 まるで、弥子の全部を全身で感じるかのように。
「はうっ! ……二回でノーとか、そういう機転いらないから」
 母親にべったりくっつきながら世界に手を伸ばす、幼い子どものように。
「もーっ。はい、手はコッチ!」
 弥子は頬を膨らませ、胸の上に置かれた手を抓って引き剥がし、またお腹の上に乗せ直す。
「子どもみたいな癖に、確実にセクハラ入れてくるのがまたタチ悪いったらないわ」
 ネウロが幼い子どものような仕草を見せるように。
 あかねにぶーっと膨れてみせる弥子も近頃、まるで手の掛かる子どもの母親のようだ。
 前に、その思いつきを話してみたところ、『成人男性の大きさでサディストの子どもなんてお断り』 と、一蹴されたが。

「あのねーぇ……せめて胸以外で意志を伝えなさいよ。腫れちゃうでしょが」
(何だか二人とも、まるで……)
 そんな二人のやり取りを見てるうち、あかねはふと、あることに気づいた。
 自分に背中があったなら、恐らく鳥肌が立っただろう。
「わかったわかった! 好きにしてよね……もうっ」
 むにむにと未だに胸の辺りをさまよう手を引き離しては捕まえる。
 そんな動作を繰り返すのに夢中な弥子は分かっていない。
 勿論、あかねが途中まで打った文章にも。
(……!) 
 続きを毛先をさまよわせたあかねは、ある一点を凝視し。
 そして、氷水を掛けられたような寒気に襲われた。
「あかねちゃん……?」
 なぜなら、弥子の後ろから一瞬、覗いたのだ。
 じっとこちらを凝視する、一対の目が。
「どうしたの、そんなびっくりして」
 気づいて顔を上げた弥子の声を聞くと、それはまた弥子の背中に戻った。
 全部お見通し。
 その視線が、そう言っているようにあかねには見えた。
(あのさ……見てて思ったんだけど)
 ごくりと息を飲み込むように毛先をふるわせる。
 その顔をじっと見ながら言葉にする。
(探偵さんと助手さんって、言葉交わさないで会話するね?)
「そうかなぁ? まぁ、付き合いが長いから、顔を見ればなんとなく。誰でもそうじゃない」
(でも……今二人顔を見てない)
「あ、確かにそうだ。あははっ、うっかりしたや」
(ならさ……)
 続きは言っていいのだろうか。
 再び様子を伺ったが。
 今度は、何の反応も返ってこなかった。
「ね、どうしたのさ?」
 弥子の腹に回っている手も背後の『本体』もあかねを止めない。
 つまりはゴーサインということだろう。
 この場の主人は言えと、そう言っている。
(私たちの暗号くらい、全部筒抜けなんじゃない?)
 ……。
 一時の沈黙の後。
「……マジで?」
(うん、マジで)
 さぁっと、弥子の顔から血の気が引いたのが分かった。
 そして、背後脳でが、ぎゅむ、っと、弥子の胸を一回つかむ。
 互いの優位が、反転し、元に戻った瞬間だった。
「あ……あぁそうだ!」
 唐突に、弥子が顔を上げた。
「そろそろ洗面器とシャンプー仕舞わないと」
 そう早口にまくし立て、そのまま椅子から立ち上がろうとした。
 だが。
「うにゃっ!」
 背中に張り付いたままのネウロの重さに引っ張られ、そのまま尻餅を突いてしまった。
 しかも、腰を浮かせた時に椅子を軽く蹴り出されて。
「お疲れでしょう先生? もう少しお座りになっていては」
 ネウロの、膝の上に。
「やーだっ!」
「まぁまぁそう言わずに。先生のねぎらいへのお返しと思っていただければ」
「ねぎらってるなら買い食いに行かせてよーっ」
 腰を抱く腕から逃れようとじたばたと暴れる弥子だったが、
「では……このまま一緒に、何か食べに行きますか?」
「……ごめんなさい。お言葉に甘えます」
 というその一言に、あかねの机にすがって浮かせていた腰を、その場に下ろした。
「やはり素直な先生は可愛らしい」
「思ってもいないこと言うあんたは憎らしい」
 脚を投げ出したまま座って、そのまま膝で挟まれるように抱え込まれる。
 緊張も遠慮もなく、体重を預け自分が楽な体制で身を任せ。
「フン、戯れ言を」
「あーら」
 頭の上から掛かった言葉に、むっと頬を膨らませた。
「その自信は、今、私が充電させてやった分?」
 今度は弥子が、ネウロの胸に頭を預けてズリズリと下に下がり、
 左右に流した前髪を捕まえてぐいっと引っ張り、額のくっきそうな距離で視線を合わせる。
「はい、流石によくおわかりのようで」
「それが分からないでか」
 ネウロも慣れたもので、うまく重心を移動させ、弥子に負担の無いように抱き直す。
 互いが互いを痛めつけながら。
 互いが互いを気遣っている、奇妙なバランスが成立する。
「先生が僕に与えた分のサービスを、僕が先生にお返しする。理想的な循環だと思いませんか?」
「循環の課程で大分ピンハネされてるよねそれ」
 左手を、反らされた首に掛けながらネウロがわざとらしく肩を竦める。
「さぁ、ド低脳なので難しい話はよく」
「嘘つき。こっち見て話しなさいよっ」
 逸らされた目に頬を膨らませ、弥子は掴んだ髪を力一杯両手で引っ張り寄せる。
「……」
「……」
 互いにじっと相手の出方を伺い、じっと睨むものの。
 きつく結ばれたその口元は、互いに僅かに笑っている。
「プッ……」
 先に笑ったのは、ふくれた時と同様、弥子の方だった。
「おや、もうおしまいですか?」
 涼しい顔をして白々しく問いかけるのに対抗して。
 真面目な顔に戻そうとしても、口元がにやけてしまう。
「いいよもう、私の負けで……」
「おやおや……勝ち負けを求めたつもりはないのですか」
 前髪を引かれたまま、わざとらしく怪訝な顔を作る。
 それに吹き出し、弥子は今度こそ、怒ったふりを諦めた。
「それだけ一杯喋れれば、もう充電は十分なんじゃないの?」
 実を言えば、いつものことなのだ。
 ネウロは喋る気力が無いとでもいいたいくらい一心に甘えたその後、
 次はこうして、弥子を同じくらい甘えさせようとする。
 ――それで、気力が戻ると、段々口数が増えて、ちょっかい掛けてくる。
「私はもう十分甘えたし。今日はここまでで……」
「とんでもないっ」
 そして、弥子がこうしてわざと引いてみせ、充電の度合いを見るのもいつものことだ。
「まだ、三日どころか一日も経っていませんよ」
「やっぱりちゃっかり解読してたっ!?」
 そして、先ほどまでの、あかねと話す為の表面の会話と同じく。
「僕が先生の声を聞き流すことなんてありませんよ」
 弥子のそうした策略はすべて、ネウロに見抜かれている。
「その鈴のようなお声で吐いた僕への侮辱の数々の慰謝料、上乗せしてくれますよね?」
 そして、それを承知で報酬を釣り上げてくるのだ。
「えーっ」
 言って、細腰を抱き寄せ、額に口つける。
「っぷ、あ、聞いてないってそんなん」
 言葉だけは冷たいが、顔に何度も落ちる口づけに、
 両手は覆い被さる顔の、髪を軽くかきあげることで応える。
「もー、仕方ないなぁ」
 そうして、口づけに口づけで応えながら、結局なし崩しで了解が出る。
 なぜなら、弥子もまた、それを承知で声を掛けるのだから。
 (結局、互いにわざととぼけて楽しんでるんだよね……)

「ちょっ……ぷ、流石にしつこいっ……んっ」
 そんなこと考えて意識を反らす。
 視界の端で繰り広げられる『充電』は、どんどんエスカレートしていく。
(ごめんね、探偵さん)

 気づかれないようその一言だけ残して、あかねはこのまま壁の隙間に去ることにした。
 次に起きた時、あるのは二人分の寝息だろうと予想して。

※ここからおまけ

逆に甘えてみる。



「……ヤコ」
「なぁに」
「ひっつくな」
「いーじゃん減るもんじゃなしに」
「いや、減る。主に作業効率とSUN値がガリガリ削られる」
「私はクトゥルフの化け物か」
「近いが、些か迫力が――」
「胸を見ながら言うな! もーっ」
「……だから、抱きつくな動き辛い」
「むーっ。いつもは、襟首掴んでひょいひょい持って歩く癖に……」
「おっと! 重さで急に目眩が」
「いたっ! ちょっとー背中から抱きついている相手に頬ずりされて頭突きって……」
「すみません、大の男一人担いで冷蔵庫まで突進出来る先生と違って虚弱なもので」
「あれはっ! 立ってないし、必死に這いずったし……そもそも、ご飯食べさせてくれなかったのが原因でその……」
「ふむ…食い物で火事場の馬鹿力とはお手軽でいいな」
「今、碌でもないこと考えたでしょ」
「いいや」
「嘘つき」
「………」
「………あのさ」
「何だ?」
「あんたがこういうことする理由、あんまりちゃんと考えたことなかったけど……」
「けど?」
「気持ちいいもんだね、案外。あったかくて、呼吸が聞こえて、筋肉の微妙な動きが伝わって来て……安心する」
「……」
「何よその顔……」
「フン、この痴女めが」
「はぁっ!?」

毎度のことながらの遅刻UPでした。
改めまして、お誕生日おめでとうございました!


date:2012.02.10



Text by 烏(karasu)